【展覧会】ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし

100623_1760203.jpgいろいろなところで、とっても評判がよかったので、最終日ぎりぎりに見てきました。

おもしろかったです。ロシア革命後の、フランスが印象派だった時代に、こんなステキデザインを作り出すロシア人カップルがいたとはっ。
ロトチェンコは、絵画よりデザインの人だと思った。最初のほうの油彩とか、コンパスを使ったアートより、ポスターやロゴデザインのほうが、数倍魅力的だし、写真もよかった。

ステパーノワは、ロトチェンコがコンパスでガリガリ書いてたときに、手書きの暖かみのあるものを描いていて、こっちのほうに惹かれるものがあった。
やっぱりアナログが好きだなぁ。

ポスターも、キチンと原画が展示されていて、あたりまえだけど、キチンとレタリングも手書きだし、色も手で塗られていて、なんだか、今なんかパソコン使えば一瞬で出来ちゃうようなものだけど、当時はだれにでもできるものじゃなかった。
いい時代のいい仕事だなぁ、なんてぼんやり思った。

あとね、なぜかロシアの言葉にひかれる。ロシア語なんて覚えたって、何の役にも立たなそうだけど、あの文字とか独特の雰囲気とか。
たまらなく好きなのだ。

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ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし

東京都庭園美術館

4/24(土)〜6/20(日)

一般1100円(880円)
大学生〔専修・各種専門学校を含む〕880円(700円) 
小・中・高校生、65歳以上550円(440円)


航空学の発達を思い描いていたロトチェンコは
航空会社のポスターなどもデザインしました。
本展ではそれにちなみ、飛行機模様がプリントされた
服装(ネクタイ、スカーフも含む)でご来館された
お客様は展覧会観覧料より100円をお引きします。
*他割引との併用はできません。

主  催  : 財団法人東京都歴史文化財団東京都庭園美術館
      朝日新聞社、プーシキン美術館、ロシア連邦文化省
後  援  : 外務省、ロシア連邦大使館、ロシア連邦文化協力庁
      東京都
協  賛  : 株式会社 大伸社
協  力  : 日本航空
年間協賛 : 戸田建設株式会社、東京ガス株式会社


20世紀初め、芸術革新の機運がヨーロッパのあちこちで
起こります。ロシアも例外ではありません。

1910年代半ばには、具体的な対象がまったく描かれない
いわゆる「無対象絵画」を制作したカジミール・マレーヴィチ
(1878-1935)や、木や鉄やガラスなどの素材を組み合わせ
レリーフ状の作品を制作したウラジーミル・タトリン(1885-
1953)の手で、西欧諸国以上に過激な作品が生まれてきます。

1917年に勃発したロシア革命は、さらにこの動きに拍車をかけます。
ボリシェヴィキによる革命は専制政治を打ち倒し、労働者と
農民の手に権力を奪取し、新しい社会を作ろうとするもので
世界中に衝撃を与えました。芸術家たちもそうした時代に
呼応するかのように、芸術の革命を目指し、突き進んでいったのです。

かれらは絵画の革新を推し進める一方で、芸術の世界のみに
閉じこもることなく、生産の現場とつながり、積極的に社会と関わり
日常生活のなかに芸術を持ち込もうとします。この新たな動向
「構成主義」を担った芸術家こそ、アレクサンドル・ロトチェンコ
(1891-1956)とその妻であり、芸術上のパートナーであった
ワルワーラ・ステパーノワ(1894-1958)でした。

かれらが何を見つめ、何を目指し、何を夢見たかを、ロシア国立
プーシキン美術館とロトチェンコ・ステパーノワ・アーカイヴ所蔵の
ふたりの作品170点により紹介します。



アレクサンドル・ロトチェンコ(1891〜1956)
ロシア・アヴァンギャルドを代表するアーティスト。
サンクトペテルブルグ生まれ。カザン美術学校で学び
1914年モスクワに移ると、タトリンらと共に抽象的な絵画、立体を発表。
構成主義を積極的に推し進めた。1921年に絵画を放棄した後
詩人マヤコフスキーと親交を結び、共同でポスターを制作し
グラフィックデザインに新風を吹き込んだ。また、舞台装置、
工業デザインなども手掛けた。1924年頃より写真の撮影を始め
ポートレートや風景写真を多数残している。
彼の作品は、現在の美術家、デザイナー、建築家、写真家などにも
影響を与えている。


ワルワーラ・ステパーノワ(1894〜1958)
構成主義を代表する女性アーティスト。
リトアニアのコノフ(現カウナス)生まれ。
カザン美術学校でロトチェンコと出会い、後に生涯の伴侶となる。
1924年モスクワの国立第一織物捺染工場で働き始め、定規や
コンパスを用いた幾何学模様のテキスタイルデザインを制作。
視覚詩や、舞台、ファッションなどのデザインも手掛けた。
1930年代以降は特にグラフィックデザインの分野で活躍した。


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