2007.10.07 Sunday 00:06
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
・銀行券の偽造防止の努力はまったくしないくせに偽造犯の処罰にだけは血眼になる政府とイングランド銀行に対する辛辣な皮肉をこめて描かれ、ウィリアム・ホーンの手によって発表。
・17世紀の末に設立されたイングランド銀行は、イギリスの金融市場を独占し、発行する銀行券は「goldと同じ価値がある」といわれるほど信用が高かった。今でいう小切手に近いもので、銀行で金貨に交換してもらうことができた。
・戦争中の銀行券に対する現金の支払いを制限することにより、現金が市場から急速に姿を消す。
・その後イングランド銀行が1ポンドと2ポンドの銀行券を発行。この少額「紙幣」は通貨不足に悩む庶民の間にたちまち流通するが、問題は、印刷に工夫がなされていないこの銀行券の偽造が極めて容易だったので、偽造の誘惑に負け、通貨偽造犯として絞首された人間は、1821年までの間に300人を越えた。
・当時フリート・ストリートの近くに住んでいたクルックシャンクが、ある朝 8時過ぎに通りかかったオールド・ベイリーは大勢の人々でごった返し、みな一様にニューゲイト監獄の方を見上げていた。そこには監獄の前の絞首台にぶら下がった数人の死刑囚の姿があった。
朝日を浴びて揺れる絞首死体のうち2人は女性だった。彼女たちが銀行券を偽造したわけではなく、悪党どもが、なにも知らない貧民街の女たちに酒屋でジンを一瓶買ってくるよう頼み、渡された偽造銀行券で、彼女たちはただ言われたままに店に行ってそれで払いをすませ、お釣りを受け取る。これが彼女たちの罪であり、大勢の前で処刑される理由なのだ。クルックシャンクは、こうした処刑をなんとかして止めなければと決意。
・急いで帰宅したクルックシャンクは10分で「銀行券」の下書きを描き上げ、たまたま訪れたホーンがテーブルに広げられたこのデッサンに強い関心を示し、完成した銅版画の出版は彼が引き受けることになった。・ホーンの店に並べられた途端、この一枚の版画はロンドン市民の間に一大センセーションを巻き起こした。クルックシャンクが感じた憤りは、ロンドン市民によって急速に共有されていった。
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