2007.08.13 Monday 21:13
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
ロック界でも有名なカップルの一組。
77年2月、ピストルズの一員となったシド・ヴィシャス。その翌月にアメリカのフィラデルフィアという町の中流階級の家庭で育ったナンシー・スパンゲンがイギリスへ来たのだった。何一つ不自由のなかった生活を送っていたがナンシーは情緒不安定で家族から邪魔者扱いされていた。そのためか彼女は10代のころに二度自殺を図っている。
彼女はコロラド大学へ入学するも、17歳のときに逃げ出しニューヨークへ移住してしまった。しかし17歳という年齢のために資金などがなかった。そのため彼女はストリッパーの仕事を見つけ数週間のうちに近くのライブ・サーキットにいついていた。彼女はそのとき有名な人とならば誰とでも寝るような女として知られるほどになっていた。
イギリスへ来たのはそのライブ・サーキットで知り合ったハートブレイカーズというバンドに付き添って来たのだった。また、このNYから来たバンドによりロンドンのパンク・シーンにヘロインが持ち込まれたのは言うまでもない。ナンシーは到着すると「有名なジョニー・ロットンとセックスがしたい」と告げていた。
その後ロットンと出会うことになったがロットンは彼女を拒絶した。その場にいたシドは彼女の事がかわいそうになり、いつしかナンシーと付き合うようになった。しかし、ナンシーと付き合い始めてから純粋だったシドに変化が現れ始めるのであった。
SEXとヘロインに明け暮れるようになり、それはピストルズが解散しても治まることはなかった。
ピストルズが分解した後、彼らはアメリカに飛んだ。理由はソロで活動しようと思ったからだった。そんな彼らが泊まっていたホテルは「チェルシーホテル」という名前で、麻薬天国と言われるほど麻薬に取り付かれた人が集まる場所だった。シドたちのバンドはこれといって成功はなかった。この頃、道を歩けば周辺の人たちからリンチにあうなど、いつも体のどこかに傷跡があった。それゆえにシドはいつしかロンドンに戻りたくなり「ハロウィンのショーが終わったら必ず戻るよ」という言葉を漏らしていた。しかしそんな彼がロンドンに戻ることはなかった。
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