2007.08.13 Monday 21:13
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
10月12日にナンシーやチェルシーで知り合った麻薬中毒の仲間たちとショッピングに行っていた。そこでシドは周りの人から叩きのめされるのを防ぐためにナイフを買った。その後、チェルシーホテルの100号室にナイフで刺され血まみれとなったナンシーが発見された。
警察はシドを逮捕した。まもなくレコード会社から借りたお金で出所。その後自殺を図るも未遂で終わる。喧嘩を起こしまたも刑務所に送り戻された彼に犯罪者からのリンチが待っていた。
79年2月1日釈放された彼は拳を空に掲げ勝利のポーズをとっていた。しかしその12時間後、彼はこの世を去っていた。原因は出所パーティーで用意された純度の高いヘロインの過剰摂取だった。
★シド・ヴィシャス/Sid Vicious(本名 John Simon Ritchie) 1957.5.10-1979.2.2
★ナンシー・スパンゲン/Nancy Spungen 1958.2.27-1978.10.12(USA、ペンシルバニア 21才&20才)2003
史上初めて反体制の放送禁止曲でヒット・チャートの頂点に立った伝説のパンク・バンド“セックス・ピストルズ”!そのベーシストでパンク・ロッカーの代名詞がシド・ヴィシャス(本名ジョン・サイモン・リッチー)だ。彼の名前はピストルズのヴォーカル、ジョニー・ロットン(現ジョン・ライドン)の飼っていたハムスターの名“シド”と、「危険・凶暴」という意味の“ヴィシャス”を合わせたもの。シドはピストルズの元メンバーだったグレン・マトロックが『ビートルズが好き』という理由でクビになり、その後釜としてバンドに迎えられた。
過激な歌詞で現代社会を攻撃しまくり、英国王室をコケにしまくった彼らは、保守層や右翼から敵視され、ライブ会場は常に大荒れ。米国南部のツアーでは「♪俺はキリストを信じない!」と叫ぶ彼らに激怒した客がステージへハンバーガーを投げ込み、ケチャップまみれで演奏が続けられた(この時興奮した客の一人がステージへ上がろうとして、シドから脳天にベース・ギターを叩きつけられた映像が残っている!)。
1978年1月18日、たった1枚のアルバムを発売しただけでピストルズは解散した。拝金主義のレコード業界や反ピストルズ運動にメンバーがウンザリしてしまったのだ。
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