2007.01.15 Monday 13:47
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
一方。
若い二人が恋をして時間が経ってくるとたいていは、どっちかが相手は結婚についてどう考えているのだろうと思いはじめます。
「結婚」はひとつの社会的ルールですが、「恋愛」は単なるプライベートな気持ちのやりとりです。恋愛感情によって結ばれているウチは、一緒にいるために結婚をするでいいのですが、恋愛感情が覚めてくると、なんのために社会生活を一緒に営んでいるのだろう、という疑問が湧いてきます。
ルールと、その関係の中で交わされている「実」の部分。
過去2年間にわたって、牡羊座が体験してきたのは、おおよそこんなテーマだったのではないかと思います。上記の「恋愛と結婚」の話は、もちろん、単なる比喩です。
その比喩はたとえば
「やりたい仕事」と「会社組織」とか「なりたい職業」と「進学」とかさまざまなものに当てはめられます。
要するに「形」と、「その形の中で実際に起こること」のせめぎ合いです。
世の中は、ルールでまとめきれないことと、ルールがなければまとめきれないこと、この2つでできていると言っても過言ではありません。どんなに例外があっても、それでもルールは必要です。
この世の中は、様々な「異なった人々」で構成されていて、その一人一人が「自分のエゴ」を抱え、(ここが肝心なのですが)それをある程度まではちゃんと通す権利を持っているからです。
虚礼ではないお歳暮や年賀状、タテマエでない親戚づきあい。ルールには深い意味や価値があって、それを心から理解しているなら、ルールは頭で考えて守るモノではなく、身体の中から自然に出てくるモノとなります。
ルールにはその「こころ」があるわけです。
その「こころ」を理解するには、「ルールを守る」「例外を受け止める」というプロセスを踏まなければなりません。
さらにいえば、「自分が自分として自分を押し通す権利がある」ことも、身体の中にしっかりと根を下ろしていなければなりません。
過去2年ほどの牡羊座は、この最後の「ルールの心を理解し、こころを体得する」ために必要な経験をすべて終えてきています。
ルールがたんなる外から押しつけられた知識や情報のように機能するのではなく、自分の心から自然に出てくるようになるために、そうなるために必要な準備が、この2007年アタマ、全て整ったのです。いや、まだ整いきってはいないかもしれません。完全にそれが整いきるのは、2007年9月頃かもしれません。
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