すごく疲れた週末 〜2006年 おひつじ座の空模様。
2006.12.09 Saturday 16:24
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
そのときに起こることに、貴方はあくまで、自分の判断で対応していかなければなりません。それも、自分の好き嫌いや相手の損得が基準にはならないのです。
このことは、貴方の「人生の喜び」と強く関わっているからです。
人は、この世に生まれると、なにかしら、この世に産み落としていくモノがあります。子供だったり、仕事だったり、人間関係だったり、だれかの心に残る感情だったり
植物だったり、畑だったり、ネコだったり、そのた諸々ほんとうにさまざまです。
そんな「この世に産み落としていくモノ」は、どんな人でも、ひとりぼっちでは、生み出しません。夫婦関係からそれが生まれる人もいますし、ビジネスパートナーとの関わりから生み出す人もいます。書物を通して関わっただれか、の場合もあります。
この世に生きている人、いない人、何かの集団、子供など、さまざまなケースがありますが、とにかく「誰か」と相対し、そこに一歩踏み込み、そのなかで、ルール無用の世界の中でもがいたところで、自分の一部でありながら自分以上の内面から出たのでありながら外部につながる、そういう「何か」を生み出すことができます。
このような「生み出す体験」と今年の「踏み込み」は、実に、直結しているのです。これは、本当に素晴らしい、得難い体験です。
人生で不思議だなあと思えることっていくつもあるとおもうのですが、中でも一番不思議なのが、この「だれかの中に踏み込んで得る体験」ではないでしょうか。
そこには、特別な縁と、不思議なタイミングと、ほんとにたくさんの、偶然とは思えないような意味を持った、偶然たちが絡み合って、人を素晴らしく変化させたり、想像もできないような深く強いつながりを作り出したりします。
この変化を乗り越えたとき、人は何物にも代え難い幸福を感じます、なぜならそれは文字通りのオーダーメイド幸福だからです。
時期的なことをもうしますと、まず3月、「記憶」に焦点が当たります。
かつて「これが当然」としてきた思考の手順に疑いが生じ、今後はちがった考え方を採用しよう、と心に誓うような出来事があるかもしれません。
たとえば、卑近な例でいきますと「私は絶対結婚はしない、なぜなら私はとてもワガママで、他人とやっていくなんて絶対にできないから」とごく「論理的」に考えているつもりだったことについて、なんかおかしいぞ、という疑念が湧き、どうもこれって論理のようで実は、感情的なハードルだったかもということに気づき、過去に「論理的判断」の基準となっていたその考えを修正するようなことが起こる、というようなことが考えられます。
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