サントリー美術館開館記念特別展「ロートレック展 パリ、美しき時代を生きて」

2008.03.21 Friday 17:55
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ


13歳の時、椅子から立とうとして転び、左大腿部を骨折、治療しても骨は、どうしてもつながらなかった。さらに翌年14歳で右大腿部の骨までを、松葉杖で散歩中に沢に落ちて骨折。これらの事故のせいで、彼の両足の発育は完全にとまってしまった。

もともと、夫の伯爵には浮気を繰り返され、別居していた母は、息子のためだけに自分は生きようと心に決めていたが、こうした不幸な息子の身の上は、彼女を自責させ深く嘆かせた。こうして思春期のころから油彩画での自己表現に熱中。

パリに出たロートレックは、当時の人気絵画モデルであり、後にユトリロの母ともなるシュザンヌ・ヴァラドンとも恋愛をするがやがて破局。1890年には親友のゴッホがアルルでピストル自殺未遂をおかし、後に精神病院で死亡。

こうした深い痛手を乗り越え、1892年から、彼を一躍有名にするムーラン・ルージュのポスターや踊り子たちの肖像が描かれる。ドガを尊敬し、同じようにオペラ座でのバレリーナなどの習作をまねたこともあったがより人間らしいモチーフを求め、娼館に入り浸っていく。アルコール中毒と性病によって冒されたのも、このころからだ。

34歳で、激しいアルコール中毒(アブサンによるものだったと言われている)による発作をおこして、そのまま、彼の身を案じて、パリのアパルトマンで暮らしていた母の伯爵夫人に、ヌイイにある病院に強制入院させられた。
退院後も飲みながら描きつづけるスタイルに変化はなく、再度激しい発作を起こし、入院。結局1901年、自分の死期をうすうす感じたロートレックは、アトリエにある気に入らない作品を処分し、描きかけの絵を完成させ、同年9月、母のマルロメの館で36歳で息を引き取った。

最後の言葉は「お母さん、本当にあなただけですよ」。


Wikipedia アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
トゥルーズ=ロートレック
アンリ・ド・トゥルーズ=ロートレック(ロトレック)
(Henri de Toulouse-Lautrec, 1864年11月24日 - 1901年9月9日)は、19世紀のフランスの画家。日本では慣習的に「ロートレック」で呼ばれるが、正しくは「トゥルーズ=ロートレック(ロトレック)」と呼ぶ。

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