アンドリュー・ワイエス − 創造への道程(みち)
2008.11.25 Tuesday 17:15
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
重厚な素晴らしさの虜になったんですが、人の心や感覚は、そのときの場所や
気持ちで変化するものなのですね。
今回はテンペラではなく、ドライブラッシュ(ドライブラシ技法)の作品に
心惹かれる結果となったのでした。
ドライブラッシュとは
ドライブラシ技法は、筆に最小限の水しか含ませず、紙の上に絵の具を
かすらせるように置いていきます。筆に含んだ水分と絵の具の量や筆圧などの
関係で表情にはかなりの幅が出せます。
適度な表情を理想通りに出せるようになるには経験以外にありません。
アンドリューワイエスはこの技法に長けた作家で、多くの名作を残しています。
ワイエスはまずデッサンをして、水彩で描き、ココで完成とすることもあるし
もう少し重厚にしたいときはドライウォッシュで、さらに深みを持たせたいときは
テンペラで、と技法を絵の対象によって使い分けていたようです。
今回はそうした同じ絵・同じ構図を違った技法のものを並べて比べることができ
なるほどと思う部分の多い展覧会でした。恐れ多いですが、勉強になります。
なんと言っても、ワイエスのすごさにさらにさらに驚愕したのは
以前にも、彼が故郷からほとんど出たことがないことは知っていましたが
彼は15歳のときと21歳のときから、気に入った農家の建物を、それぞれに
30年以上にも渡って描き続けて来たと言うことです。
15歳の少年!普通ならギターや女の子に夢中になるような世代です。
それが、一件の農家に心惹かれ、そこの若夫婦(と言ってもアンドリュー少年
よりは随分と年上です)であるカール夫妻と友達になって、それから
彼らが老夫婦となるまで描き続けるのです。
1939年(21歳)に、ワイエスはのちの妻となるベッツィに連れられて、彼女の
友人を紹介されます。それが彼の名を一躍有名にした《クリスティーナの世界》
のモデルとなったクリスティーナとその弟のアルヴァロとの出会いでした。
1868年に74歳で亡くなっているクリスティーナも弟も、そのときすでに40歳を
超えていました。20歳の年の差を超えて友人になれる、そんなベッツィだから
アンドリューと心惹かれ合ったのかもしれません。それともそういった風土が
[7] << [9] >>
-
-
<< 夢中散歩
11月後半の携帯百景。 >>
[0] [top]