アンドリュー・ワイエス − 創造への道程(みち)
2008.11.25 Tuesday 17:15
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
彼らの住む土地にはあるのかもしれませんが、それにしてもそれから彼は
30年もの永きに渡って彼らとその家「オルソン・ハウス」を描き続けるのです。
そんな風な一見「地味な」モノに激しい愛着や情熱を注ぎ続けることのできる
原動力は一体なんなのでしょう。
彼の父もまた画家でしたが、父N.C.の専門は挿絵で、邸宅には絵のモデルとなった
重厚な衣装や調度品にあふれていました。
無垢で素朴で「朽ち果てて行くもの」に魅力を感じるアンドリューに、父は
「そんなものを描くな」と注意したのだそうです。そんな父に反発を感じていた
若き日の彼の自我の色濃く現れた自画像も今回の見物です。ちなみにイケメンです。
彼にとっては、何もかもが刺激なのだそうです。
いわゆる刺激的なものではなく、田舎でひっそりと朽ち果ててゆくものにこそ
描くことへの激しい気持ちを駆り立てる刺激の元になり得るということ。
そんな彼が、91歳になった最近、ハーレーダビッドソンを描いたそうです。
いくつになっても新境地の開拓を恐れない。素晴らしいことです。
彼は、孫娘からのインタビューにこう答えています。
「思い立ったらすぐに描くと言うこと。91歳と言う年齢を言い訳にしないこと」
ドキッとしました。まだ40前なのに、年齢を言い訳にしていてはいけません。
「絵にはルールなどない」
この言葉にも、ハッとしました。
そんな彼だからこそ、誰もが忘れていた画法=テンペラを掘り起こすことが
できたのかもしれません。
クリスティーナの死後、彼は若い女性と出会い、彼女をモデルに描きます。
ワイエスの裸婦像を見たのは初めてのような気がしますが
カール夫妻やオルソン姉弟が亡くなり、初めてワイエスは本格的な
裸婦像に取り組んだのだそうです。父から教育を受け、正式な学校教育は
受けていないワイエスですが、見事な裸婦像です。
もちろん裸婦像以外の人物像の細かな描写には脱帽ですし、ただの岩なのに
何でココまでと言うくらい描き込まれたものには言葉も失います。
松ぼっくりと松の木を描いた絵の見事さ、その果てしない根気のいる作業に
唖然とするのに近かった私たち。地面に生い茂る草の一本一本に、きちんと
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