没後40周年 レオナール・フジタ展

2008.12.30 Tuesday 19:22
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ



image[081122fujita7.jpg]左/ライオンのいる構図 1928年 フランス・エソンヌ県議会蔵
右/犬のいる構図 1928年 フランス・エソンヌ県議会蔵
image[081122fujita8.jpg]左/争闘I 1928年 フランス・エソンヌ県議会蔵
右/争闘II 1928年 フランス・エソンヌ県議会蔵

第2章・大画面と群像表現、「大作」への挑戦
80年ぶりに日本に里帰りする「構図」の連作2点
そしてこの「構図」と対をなす「争闘」の連作2点(日本初公開)が
修復を経て完全な形で一堂に会し、日本で初めて同時公開となります。
これらの「大作」を中心に据え、主題と密接な関わりを持つ作品と
ともに、フジタの群像表現の謎に迫ります。

そして次にフジタのアトリエ。
フジタは家にいる間、本当にずっと何かしら作っていた人だったようで
アトリエのあちこちに彼の手の施された様々な調度品が残されています。
のちに改宗してから本格的に取り組んだ宗教画における教会の模型や
食器の絵付け、家具に飾り付けた金属製の飾りなど。
そのどれもがフジタらしくて、本当に素敵。

フジタも生涯で4人もの妻を持ち、その妻をモデルに描いて来ました。
そのペースは短く、7〜8年経つともう次の女性、と言う感じでしたが
最後の奥さんとは長く長く添い遂げ、このアトリエもその奥さんと
過ごした最晩年のフジタの生活を色濃く残しています。

コレは想像にしか過ぎませんが、夜な夜な外で遊んで深夜に帰っては
家にいるときは絵を描いてばかりだった(と想像される)フジタ。
そんなフジタを理解し、見守ることのできた女性はやはり初期に結婚した
欧米女性ではなく、最後にフジタの選んだ日本女性だったのかな、なんて
思うのでした。

また、わたしはフジタの後期の子供の絵が不気味で好きなんですが
その辺りの絵も今回何点か展示されていました。
フジタの描く子供の絵にはモデルはなくて、自分自身の中で
かわいいと思う子供なのだそう。

第3章・今も当時のまま残る、アトリエ・フジタを再現
最晩年を過ごしたエソンヌ県の小村ヴィリエ=ル=バクルの

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