華やかなうつわたち -伊万里・鍋島・柿右衛門-
2005.02.20 Sunday 21:14
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
image[050205nedu_museum.jpg]根津美術館で2/13まで開催されていた「華やかなうつわたち」を見てきました。
2/5(土)は学芸員さんによる解説があるというので、それを目的に、ひとり休日の表参道から南青山へ。以下、解説で聞いたことを、まとめておきたいと思います。
※画像注:チラシがなかったので、ポスターの写真を撮ってきました(^^;
----------------------------------------------
今回展示されていたものは、山本さんと言うコレクターの方のコレクションで、タイル製造の勉強のために、こうした古い陶磁器を収集なさっていたとか。この方のタイルは、セントレア(中部国際空港)で話題の愛知県常滑市にある「世界のタイル博物館」で見ることができるのだそうです。この博物館に関しては、聞いたことはあったのですが、まだ行ったことがないので、今度帰省するときにでも、セントレアのついでに足を伸ばしてみようかと思いました。
もともと根津美術館には、肥前の焼き物は少なかったのだそうです。というのも、山本氏が収集始めた頃には、これらの磁器は、普段使いの食器として、使用されていて、コレクションとしての価値は認められていなかったそうです。これらの磁器の収集が始まったのは、大正時代にさかのぼることができますが、とてもマニアックな方に限られていて、本格的に収集が盛んになったのは、戦後で、進駐軍の影響に寄るところが大きく、山本氏が収集を始めたのもちょうどこの頃。1650〜1660年代に作られ、本来は輸出用に作られたものの中で、日本に残っていたもの、海外に輸出後に買い付けられて、日本に戻ってきたものを中心に集められました。彼は、バブル期の1990年頃まで収集を続け、以後はタイルに転向します。
肥前の焼き物(いわゆる古伊万里)の輸出が始まったのは、1640年代頃だと言われています。初期のものはろくろで作られていたのですが、ろくろ一台につき税金がかかるようになり、何とかろくろを使わずに、生成ができないものかを知恵を絞った結果、ひも作りが考えだされました。1660年頃には技術が安定し、職人はみな、同じものを作ることができるようになりました。時は元禄文化華やかなりし頃。ハレの日を彩る日本人好みの中国風や京風の絵付けのなされた華やかなものが、盛んに作られるようになります。
[9] >>
-
-
<< 越冬ぶろぐ用テンプレ第二弾〜バレンタインバージョン〜
「輝く!日本ブログ大賞 2005」に応募してみる >>
[0] [top]