「幸福度」の高い国民

2011.03.21 Monday 12:44
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ


2011.03.22 Tuesday

@hazuma
感動しました。本当にこれを機に、日本人がみな日本人であることに誇りを持てれば、もっと「幸福度」の高い国民になれるかもです。今後は、経済大国ではなく本当に国民が幸せな国を目指さなくては。<東浩紀の渦状言論 http://goo.gl/p3YJ4
話を抽象的な側面に絞ってよいのならば、震災後六日目のいまでも言えることがただひとつある。それは、この災害を契機として、日本人がいまかつてなく――少なくともこの二、三〇年では経験したことがないほど強く――「国家」の存在を肯定的に意識し始めたということである。

日本人は、第二次世界大戦に破れて半世紀以上、国家や政府を誇りに感じることが、ほとんどできなかった不幸な国民である。とりわけこの二〇年、バブルが崩壊し、長い不況に入ってからはそうで、首相の顔は驚くほど頻繁に変わり政策は停滞し、日本人のあいだには政治的シニシズムが蔓延している。実際、一六年前の阪神淡路大震災では、政府の対応はあまりに杜撰かつお粗末で、多くの国民から強い非難を浴びた。

ところが今回は状況が劇的に異なる。むろん非難の声はある。しかし、国民のあいだでは彼らを擁護する声がじつに強い。救援活動のスポークスマン、枝野幸夫官房長官はネットで英雄となっているし、自衛隊の救援活動は絶賛されている。ツイッターの投稿は震災一色だ。ぼくはいままで、日本人がここまで「公」のことばかりを考え、話題にし続けた光景を見たことがない。

日本人はいま、めずらしく、日本人であることを誇りに感じ始めている。自分たちの国家と政府を支えたいと感じている。震災前の日本は、二〇年近く続く停滞に疲れ果て、未来の衰退に怯えるだけの臆病な国になっていた。国民は国家になにも期待しなくなり、世代間の相互扶助や地域共同体への信頼も崩れ始めていた。

けれども、もし日本人がこれから、せめてこの災害の経験を活かして、新たな信頼で結ばれた社会をもういちど構築できるとするのならば、震災で失われた人命、土地、そして経済的な損失がもはや埋め合わせようが、ないのだとしても、日本社会には新たな可能性が見えてくるだろう。

今回の震災、海外のメディアでは、災害に直面した日本人の冷静さや公徳心が、驚きをもって受け止められ、高く評価されていたと伝え聞く。あとはその感情を、時間的にも社会的にもどこまで引き延ばすことができるのか、その成否に、今回の震災だけではない、その二〇年前から続く長い停滞と絶望からの復興がかかっている。
                  image

[9] >>
-
-


<< 映画「Uターン」
ケツァールとバジーちゃんに守られて。 >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.24R]