「第十回<郷学>名古屋城の魅力を発見!「天守閣」」
2015.07.17 Friday 15:57
陽菜ひよ子
・明治の修理・・・お金ない・雑・技術なし
・大正の石垣(やぐら)・・・絶望的。石が小さい。1/10の石をチマチマ。
・現在・・・お金がない。石はすべて大きさが違うので、現在のテクノロジーでもムリ。1個1ミリずれると、次は2ミリずれる。
・名古屋城が、慶長創建時と比べて、宝暦改修時に、30センチ傾いたのは、加藤清正の作った石垣が歪んだせい。
■瓦について
・杮葺(こけらぶき)→瓦葺き 享保の改革で倹約令が出たため。杮葺きは通常40年程度しか耐久性がないので、その度に葺きなおさなくてはいけないので、耐久性の高い瓦葺きに変わった。
・金属瓦・・・粘土瓦に比べると薄く(金属2ミリ、粘土20ミリ)作成が可能なので、瓦の重量を軽減させるために使われた
■その他
・名古屋城の御大工頭・中井正清は今でいう建築デザイナー。秀吉→家康の大工頭を務め、方広寺大仏殿も彼がデザインした。日本一の建築デザイナー。彼のデザインした名古屋城の屋根は、軒先が天を仰ぐように上に上がっている。これは寺や神社の屋根と同じである。
・名古屋城を実際に建てたのは大工の岡部又右衛門で、熱田神宮の宮大工。安土城天守閣を建てた家に生まれた)
・名古屋城の内堀に水が入ってないのはなぜ?→水が出なかった!
・天守のトイレの数・・・姫路6つ、名古屋0
・鉄より木の方が重い。コンクリートで柱を作る場合は1m以上。36cmの柱を作っても、地震で壊れてしまう。
・松江城は、大阪城を唯一継承した城なので、国宝になって当然。
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