仏像展二度目

2006.11.23 Thursday 00:08
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ




以下はメモのようなもの。

・中国から入って来た木像は白檀だったが、中国にも日本にも 生えない木のため、日本では主に榧(かや)が使われている。 榧は白檀に似て芳香があり、木目が美しい事から使われたが、 白檀より大木になるため、大きな仏像作りも可能になった。

・一木彫は一本の木から作るため、肩など窮屈にならざるをえない部分もあった。
 すべて一本の木から作るものと、中心部分だけ一本で、残りを別の木材で作って組み合わせる作り方があった。

・土地に伝わる神木や由緒のある木材を使って作られる事により、ますます信仰が厚くなった。  ものによっては、彫刻に向かないものもあったようだが、 神木という事で無理につくたれた例も。

・横にノミ跡を残す彫り方を「鉈彫」(なたぼり)といい、木から仏が現れた事を表しているが、主に作られたのは 関東や東北などで、京都などでは作例はほとんど見られない。

・円空と木喰(もくじき)は、共に江戸時代に活躍した僧侶であり、放浪の仏師。

 円空は生涯で20万体の仏像を彫ると決心し、大きなものを一日で仕上げる事もあったという事で、荒削りさが魅力である。

 木喰は、60歳を過ぎて仏師になり、お遍路巡りの出来ない貧しい農民のために、33観音を彫ったのは、86歳のとき。  しかも24日間で彫り上げたらしい。  当時の平均寿命からすると、スーパーおじいちゃんである。 作風はかなり手の込んだもので、丸く丸くという歌も残している。

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