2007/10/30 Tue 13:52
陽菜ひよ子
司馬遷によって編纂された中国史上初の歴史書「史記」の中の
「蘇秦伝」に、中国戦国時代の遊説家・蘇秦は、韓、魏、趙、燕、楚、斉の
王たちに同盟を結び、秦に対抗すべきであると説き、
「それぞれ小国であっても一国の王としての権威を保つべきだ。
秦に屈服するな」
ということを伝えるために、
「鶏口と為るも牛後と為る無かれ」
という言葉を引用しました。
つまり秦に屈して牛の尻尾のように生きるよりも、小とは言え、
鶏の頭(カシラ)になるべきであると、各国の王を説き、合従策を
完成しました。
この一節を信条としていた創設者の上山英一郎は、明治43年(1910年)
「金鳥」の商標を登録しました。業界の先駆者として「鶏口」になるべき
自覚と気概を持ち、品質をはじめ、あらゆる面で他より優れたトップの
存在であることを願い、決して「牛後」となることがないよう自戒を込めた
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