
彼は20歳のときにニューヨークで行われた初めての個展で、翌日には全部の絵に売却済の赤札がついたと言う逸話の持ち主ですが、生まれてからずっと住んでいるアメリカ東部の田舎町をほとんど出たことがなく、その田舎町の絵だけをただひたすらずっと描き続けています。
彼の絵はアメリカの田舎町を描いているにもかかわらず、世界中の人々が、彼の絵に郷愁を感じ、その静かな作風に心を揺さぶられます。人々の持つ故郷への想いの根底には、ある共通した認識があるのかもしれません。
そして彼の絵はそのココロの琴線に触れるものを持っているのでしょう。それはなんなのか、説明する明確な言葉をワタシは持ちません。ただ彼の絵を見ると、ココロが震えるのです。大好きな人と心が通じ合った時にも似た胸の震え。
ワイエス展、会期が延びました。ワタシは偶然10/2、もともとの最終日に行きましたが、10/14まで開催されています。ぜひ脚を運んで、その静寂でありながら奥深く雄弁な世界に身を浸してきてください。
今回で、ワタシはワイエスについて初めて知った(イヤ知っていたはずなんですけれど、初めて「認識した」と言えるかもしれません)ことがありました。


たとえば↑これ。テンペラというのは中世、まだ油彩が発達する前に、主に描かれていた技法です。イメージするのはルネッサンス以前の宗教画。聖母マリアや司祭のアタマの周りに金色の輪があるようなあれがワタシの中のテンペラのイメージ。
それからすると、ワイエスのテンペラ画は題材が違うせいか、スッキリと簡素な印象です。水彩よりくっきりと陰影を強く、油彩ほど重厚になりすぎず、テンペラはワイエスには最適な画材なのかも知れません。
1995年には「テンペラ」と聞いてもピンと来なかったんですね。それでワイエス=水彩画と思い込んでいたのでしょう。
ちなみにワイエスの水彩は←こんな感じ。こちらも卓越した技術と見るものの心をわしづかみにするところは、テンペラ画に引けを取りません。
