御千代保稲荷参拝

080104ochiyobo11.jpg080104ochiyobo09.jpg最終日4日は、御千代保稲荷に初詣に行きました。「おちょぼさんに行くよ」と家族に言われ「わたしって行った事あるの?」と尋ねると子どもの頃に行ったのだとか。まったく記憶にありません。

名古屋時代の初詣は圧倒的に熱田神宮。それに犬山や伊勢神宮が混じるくらい。関西に住んでた頃は、たぶん寒さに負けて初詣に行けなかった記憶が。(だってホントに奈良は寒かったんだもん)帰省もしてたしね。こっちに来てからは、一度明治神宮に行きましたが、あとは成田さん、船橋大神宮(渋い)、そしてここ三年連続で浅草寺がお気に入り。

御千代保稲荷は、商売の神様だという事で、わたしにピッタリ。姉はよく友人から「おちょぼさんに行くなんて、商売やってるの?」と聞かれて「ううん、やってないけど、楽しいから行くの」と答えるらしいです。いつも「楽しい事を追求する」ことに忠実で、思考も明快な姉なのです。わたしもこうありたいものです。
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参拝客でにぎわう沿道にあるこじゃれた茶屋にはいりました。和のしつらえが素敵です。わたしの食べたクリーム白玉あんみつ。もうコレ完璧。最高です。姉は珈琲ゼリー。あんこと珈琲ゼリーって合うのねん。義兄は団子。ゴマ団子だけいただいたけど、おいちい♪これだけ煎茶付で、みんなののどを潤していました。母はぜんざい。アラレが入ってて、食感がたまりません。どれもこれもおいしかった。

休憩のあとは、いよいよ御千代保稲荷の参拝。途中から急激に増える人並み。母が「10円だったっけ?」と小銭を出しているので、何の事だろう?お賽銭の金額が決まってるのかな?などとぼんやり考えながら歩いていると、姉が「お母さん、30円だった」と言って戻ってきた。「買い出し隊」と言って、義兄が並んでくれたようですが、戻って来た義兄の手に握られていたのは・・・・

そう、お揚げとろうそく。お稲荷さんだからお揚げなんですね。納得。何だかご利益がありそうではないですか。まずは並んで、ろうそくに火をともしますが、肝心の乗せる場所に、さすようなものがなく、ロウを溶かして乗せるしかないのだけど、後ろに人は待ってるし、グズグズしてられなくて、手を離すと、あーあ・・・落ちちゃった・・・ふ、不吉な予感。「落ちてってまったでしょう」と何の事はないというように言う姉。そ、そうよね、何てことはないわよね。

お揚げとお賽銭を一緒に投げて、お願いごとを唱える。義兄の投げたお揚げが、垂れ幕に引っかかって、わたしたちを笑わせたあと、しばらくして落ちた。「一日くらい持ってくれるかと期待したけど、まぁ、少しでも長く投げた揚げを見ていられて、ちょっとうれしかった」うん、わかる気がする。

初詣と言えばおみくじという感覚は、うちの家族はないのか、わたしだけがおみくじを引く事に。しかしここのは、金額自由で、箱に入れて八角形の箱からおみくじを引くんだけど、おみくじの結果が、紙じゃなくて、板に書いてあるの。しかも滲んで見にくい。この時点で不吉だったので、引かなきゃよかったんだけど、引いてしまったら

な、なんと「大凶」!!!

生まれて初めての大凶かもしれない。姉と二人で読んで見ると「待ち人来らず」「失せ物出ず」「願望叶わず」・・・・絶望的だよ。あまりにひどいので、姉が「もう一回引きなよ」と言って、もう一回引いてみた。すると今度は凶!!( ̄ロ ̄;

でもさ、よくよく数えてみたら、凶の数が多いんだもん。大吉・吉・中吉・半吉・小吉・末吉に対して、大凶と凶も5個くらいあった気がする。そりゃ出るはずだよ。2分の1の確立だもん。と自分をなぐさめてみる。

080104ochiyobo10.jpg080104ochiyobo12.jpg080104ochiyobo13.jpgわたしがしょんぼりしていると、家族が「ほら、お稲荷さんに名刺と一緒に備えてる人がいるよ。備えたら?」と声をかけてくれた。思わず携帯で写メしまくるわたし。この辺りの写真は全部携帯なんだけど、屋外でいい天気だと、結構いい感じに撮れる。

この辺りはナマズが名物だという事で、家族は去年食べたらしい。「もろこ」というのも名物で、母は買っていた。

遅いお昼は回転寿司。ひと皿全部¥100の店で、お皿をダストシュートのようなのに突っ込んで行くと、5枚でくじが始まる。モニタでルーレットなどを眺めていると、4人で51皿食べて、2回当たった。これが景品のコマ。なかなか美しい。

そのあとわたしの新幹線までまだ時間があったので、家に戻って、またもやトランプ三昧。いい加減7並べには飽きて、ここ数日はもっぱら「51合わせ」にはまっていたわたしたち。小学生の頃は、父と4人でずーっとやっていたよなぁ。「51」と「かぶ」が我が家の定番でした。

そういえば、ダイソーでトランプと一緒に、義兄は賭けるために、おもちゃのお金を買っていたんだけど、結局使わなかったので、物足りなかったに違いない。


          


さて、長々と綴って来た帰省もこれにて終了。今回おもしろいな、としみじみ思ったのは、帰省するときに、周りの人に「名古屋に帰ります」と言い残して来てたのに、名古屋から東京に向かう時もやっぱり「帰る」なのだな。むしろ、もう今では東京に帰る方がしっくり来るから不思議。

この春で、東京暮らしも10年経ちます。冷たい街だと言われるけど、そうなのかな。わたしはそうは感じないな。どこにいても、いい人もいればイヤな奴もいる。といいますか、自分に合う人と合わない人はどこにでもいるという事かな。

家族と過ごした時間は、とても温かくて大切で、帰りの車では思わず涙ぐんでしまったし、帰るのが辛かったけれど、とっても非日常だし、非日常ゆえの良さなのだと思う。今の自分の生活は、東京にあるし、わたしは東京が好きでもある。名古屋を好きな気持は、愛情とか愛着とかそんな温かい気持で、東京はもっと、なんというか、便利さとか刺激とかそんな客観的な感じで。

でも東京だってあったかい。わたしを待っていてくれる人のいる街は、いつだってどこだってあったかいのだ。


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