ラッシュライフ/伊坂幸太郎


エッシャーだ。

なぜ装丁(単行本のみ)にも挿画にもエッシャーの絵を配し、本文中に何度も繰り返しエッシャー展について語られているのか、それが物語の後半になってわかってくる。その「わかり方」が伊坂作品に共通する小気味いい快感に繋がっている、謎解きをするのとは少し違う不思議なミステリー作品。読んでいるうちに何だか元気になれたりした。(ネタバレあり)


          


物語は、成金の画商と新進画家の女性、泥棒の黒澤、失業中の中年男の豊田と犬、新興宗教にはまる河原崎と指導役の塚本、心理カウンセラーの京子と愛人の青山、この五つの視点を持って描かれる。

そしてあとでわかるのだが、この物語は時系列順には並んでいない。綿密に計算され尽くした結果、巧妙に順序を変えながら物語は進む。最終日から始まり、初日に戻って、3日めに飛び、また最終日、次が2日目、というように。その種明かしをするように、街頭で「好きな日本語を書いてもらう」という一種のパフォーマンスをする女性と、開店3日間だけ使える半額券を配っているコーヒーショップが登場する。

順序の取り違えられた物語を読み進んで行くと、一見、最終日の出来事が最初に起こったような錯覚や、物語自身が永遠にループしているような、そんな感覚に教われる。まるでエッシャーの騙し絵のように。あとで読み返しつつ時系列順に並べれば、矛盾はどこにもなく、きちんと並べ替える事が出来るのだけど。伊坂作品に共通する、物語同士のリンクも興味深いところ。直接は登場しないが、『オーデュボンの祈り』の主人公の伊藤のその後が、黒澤の友人の口から語られる。『しゃべる案山子』や『神様のレシピ』などの言葉とともに。またその黒澤は、実に魅力的な人物で、彼もその後の作品に登場し、ファンの間では根強い人気を誇るそうだ。

この物語、泥棒の黒澤や失業中の豊田を中心に、男性陣は比較的、魅力的に描かれているが、愛人と結託して愛人の妻を殺そうとする京子も愛人の妻も、やたらキリキリ騒ぐだけで、全く魅力を感じない。その女たちの中心にいる青山にも魅力がないせいかもしれないけれど。

豊田と犬のエピソードが、やがて成金の男に結びつく部分は『オーデュボン』の桜と城山の関係に似ていて、とっても痛快だ。全編を通じて、豊田のパートは感動的で、人生って悪いものじゃないな、と思わせてくれる。またやたらと人間臭い泥棒の黒澤が、いく人かの登場人物と複雑な関係にある画商の佐々岡と友人で、ひょんな事で再会し、同窓会が始まってしまうのもおもしろい。

女子高生を中心に語られる「バラバラの死体がくっついて、またバラバラになる」という都市伝説を交えながら、オカルトとしか思えないようなエピソードを交えて物語は進んで行く。種明かしをすれば、なるほど納得なのだけれど。河原崎のパートだけが、ちょっと残念だけれど、豊田のパートを中心に読後感はなかなかよく、余韻を残してくれる。ミステリの醍醐味を味わいながら、人生の奥深い部分にまで想いを馳せる。。。。そんな贅沢を味わう事のできる見事な小説。


    


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