2007.10.12 Friday 19:34
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
建築家の黒川紀章さんが12日午前、多臓器不全のため、東京女子医大病院で死去した。73歳。3日前に入院し、妻で女優の若尾文子がみとった。1934年(昭9)、愛知県生まれ。京大工学部卒、東大大学院博士課程修了。
故丹下健三氏の研究室に学び、日本建築界の第一人者として活躍。代表的な建築物に、大阪万博パビリオン、クアラルンプール国際空港、国立新美術館など。共生新党党首として今年4月に都知事選に、7月には参院選東京選挙区に出馬し、落選した。
今年4月の東京都知事選への出馬で話題となった、建築家の黒川紀章さんが12日午前8時42分、心不全のため東京女子医大病院で死去した。73歳。7月の参院選の活動中から、体調を崩し、3日前から同病院に入院していた。妻で女優の若尾文子(73)ら親族がみとった。日本を代表する建築家として、国際的に活躍し、最近はバラエティー番組でも独特の存在感を示していた。今日13日、東京・青山の梅窓院で密葬が営まれる。
黒川さんは4月の都知事選に出馬したころから体調を崩し、7月の参院選中に悪化した。京都遊説など、予定していたスケジュールを当日に中止することも多かったほか、車いすで点滴を打つ姿もみられた。選挙活動の最終日は演説を行えず、開票後の打ち上げにも参加しなかった。その後通院を繰り返し、3日前から入院していた。
都内で会見した共生新党の伏原靖二事務局長は「猛暑の選挙戦で、心身ともに激務だった。午前中に取材などの予定を組んでも、極度の低血圧で時間通りに起きて来られないこともあった。かなり疲弊している印象で、急変したとは思っていない」と話した。
関係者によると、黒川さんは約20年前に肝硬変を患い、酒とたばこをやめた。昨年には大腸の手術を受けた。揚げ物も衣を取り、中身だけ食べるなど気を使い、大量の処方薬も飲んでいたという。国際的に活躍する建築家だけに、海外出張も多かった。参院選後の8月にはロシアで10日間の出張をこなしたが、その後の中国での仕事はキャンセル。事務所に隣接するホテル内にも居住部屋を持っていたが、9月に出社したのは5回のみだった。
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