建築家・黒川紀章さん死去

2007.10.12 Friday 19:34
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ



名古屋市出身。京大建築学科を卒業後、東大大学院で丹下健三氏に師事した。「建築家には哲学と思想が必要」が持論で、建築も新陳代謝をすべきだとする「メタボリズム」を菊竹清訓さんらと提唱した。その思想に基づいたのが交換可能な箱形カプセルをくみ上げた集合住宅の中銀カプセルタワービル。そのほか作品は国立新美術館、国立民族学博物館など国内各地にあり、海外でもゴッホ美術館新館(オランダ)、クアラルンプール国際空港など20カ国以上に上る。

最近は政治にも意欲を示し、今年4月の東京都知事選、7月の参院選にも東京選挙区から出馬したが、落選した。

奇才とユーモアを兼ね備えたオープンマインドな人柄でも知られた。妻、若尾文子には「君の美しさはバロックだ」と口説いた。都知事選では「投票日は誕生日なのでパリにいます」。ガラス張り選挙カー、クルーザー遊説、ヘリ移動などリッチで型破りな選挙パフォーマンスも注目の的となった。最終日には新宿駅西口で演説中の石原慎太郎氏の近くまやってきて「石原さんにはこの歌を送ります」と「銀座の恋の物語」をうなってみせた。バラエティー番組でも引っ張りだことなり「私の年収は200億」「私が参院選で誰に投票したかは秘密」などと独特の黒川語録も話題になった。


若尾文子「こんなに早く死ぬなんて」(日刊スポーツ - 10月13日 09:54)
若尾文子は黒川さんの遺体が安置されている赤坂の自宅マンションで
インターホーン越しに取材に応じた。

「まさか、まさか、こんなに突然急変するとは思いませんからね、誰もね。あらかじめ覚悟といっても、まさかこんなに人間が簡単に死ぬとは思いませんから。つらかったですね」と現在の心境を語った。

若尾は入院した9日から前妻の娘と交代で病室に詰めた。10日の会話が最後になった。「あっという間に亡くなりましたけど、10日に『私、いい奥さんじゃなかったわね』と言ったら、『そんなこと言うなよ。本当に好きだったんだよ』と言ってくれたんです。遺言みたいですが、それが最後の会話になりました。10月10日のことは一生忘れません」と言葉に力を込めた。

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