2004.11.01 Monday 17:48
陽菜ひよ子の名刺や販促グッズ
格調高く豪快な絵模様と大胆な色づかいで多くの人を魅了してやまない、日本最初の色絵磁器「古九谷」。同館では38年ぶり、都内でも30年以上開かれていないという待望の展覧会が、東京・丸の内の出光美術館で開催されています。特別出品の名作10点を合わせ、150点余の優品が全館を使って一堂に公開されているうえ、「古九谷の謎」と呼ばれる産地問題についても、窯跡出土の陶片資料によって研究の現状が紹介されており、力のこもった見応えのある展観となっています。
担当学芸員・荒川正明氏が作品解説したギャラリートークにやきものネット編集部が参加、代わって本展覧会の見どころをご紹介いたします。
初代館長の出光佐三氏は、中国陶磁のコレクションをしていた経緯で、1930年代後半から古九谷の蒐集を始めています。大河内正敏氏を中心に結成された、日本初の陶磁器研究会「彩壺会」が古九谷に注目し、「南京手」「守景手(五彩手)」「伊万里手」「波斯(ペルシア)手」「青九谷手(青手)」など、8つに分類しました。出光氏もそれに従って蒐集した経緯が伺え、まんべんなく網羅している点で、同館コレクションは歴史的に重要な意味を持つと言えます。なお、今回の展覧会で使用する“古九谷”とは、「スタイル」「時代様式」という概念そのものを指しており、「産地」を示すものではないとのこと。「産地については触れておらず、陶片資料を参考に判断いただきたい」と荒川さん。
簡単に、古九谷誕生の経緯をお話ししましょう。
戦国時代から江戸時代初期にかけて、日本は鉱山開発によって経済的に繁栄。中国から輸入された高級色絵磁器が富裕層の心を捉え、茶席や宴席を飾りました。しかし、1640年代に入り、中国の王朝交代に伴う内乱によって輸出が途絶えると、国産の色絵磁器を自前で作る気運が高まってきました。同年代後半には肥前の有田窯、50年代には加賀の九谷窯、備後の姫谷窯(現在の広島県福山市)などで、次々と色絵磁器が開発されるようになりました。
古九谷の特筆すべき点として、径30cmを越える大皿が上げられます。今回約40点を展示していますが、大胆な構図、力みなぎる描線、落ち着いた深みのある彩釉で描かれた、一枚一枚の迫力に圧倒されます。晴の空間を華やかに飾るため、大名たちに珍重されたと思われます。
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