2010年6月26日 スントーン プー生誕 224 周年

2010/06/26 Sat 04:30
陽菜ひよ子


しかし後にピンクラオ親王がプーを再び王宮に引き抜いた。この辺りで『アパイマニー王子』が完成したと見られている。その後複数の詩を書いた。ラーマ3世が崩御し、ラーマ4世が即位すると、以前よりも高い官位プラ・スントーンウォーハーン(พระนสุนทรโวหาร)に叙された。その後作品いくつか残し死んだ。

スントーン・プーの人生は波乱に満ちた人生であった上、民衆に最も近い古典文学者であるためいろんな伝説を生んだ。日本で言えば一休さんのような存在である。有名なものを以下に挙げる。
・プーは酒を飲むと口がものすごく早かった。酒を飲んで程良く酔いが回ると勢いで作詩を始めた。そこで筆記官が二人がかりで筆記しようとしても、とうてい間に合わなかった。
・ラーマ2世の時、プーは後のラーマ3世の詩作の講師であったが、プーが何かに付けラーマ3世の作品に文句を付けていたのでラーマ3世は即位するとプーから官位を剥奪した。
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