「蹴りたい背中」 綿矢りさ

keritai.jpg言わずと知れた19歳最年少の芥川賞受賞の超ベストセラー本である。この本に関しては、賛否両論あると思うけど、わたしは思わずうなってしまった。とにかく、すごい、と思った。綿矢りさの才能に。

内容は、クラスのあぶれものの女子高生と男子高生の交流、みたいなものなので、取り立てて読みたいテーマではない。読み終わって、感動のあまり胸が震えると言う物語でもない。誰もが読んでおもしろい、という本ではないだろう。

けれど、誰もが持つ心の中の小さな機微を、正確にすくい取って、それを表現することに関しては、まさに秀逸だと思う。これは話題作りのために選ばれただけの作品ではない。この作品をつまらない、と感じる人はきっと、文学に娯楽を求めているのかも知れない。「こんな作品で芥川賞が取れるなら、自分にだって書ける」という人がいるなら、書いてみるといい。絶対に書けやしないから。

「芸術」としての「文学作品」である、これは。芥川賞は新人賞ではなく「純文学」のための賞なのだから。

Amazonには、なんと386ものカスタマーレビューがあったが、それを少し読んでみて、共感できたのは「楽しく学校生活を送った人には理解できない世界観」だった。確かにそうかもしれない。この主人公の「痛いような」感覚は、同じ思いを抱いた人でないとわからないかもしれない。

美人で誰にでも好感をもたれそうな著者だけど、同じような孤独感を味わったことがあるのだろうか。自分の経験ナシにここまで書けるとしたら、ものすごい天才か、ものすごく醒めた人なのかもしれない、と思わせるほど、その心理描写や情景描写はリアリティに迫っていて、むしろ自分に近いと感じるほどに、読むのが辛くなるほどだ。

ハツは絹代が好きで、どんなに振り回されても許してしまう。絹代のほうは、気のいい子ではあるが、実体が伴わない。ハツをお荷物のように感じていて、にな川とハツがくっつけば、荷物を降ろすことができると考えている。そのにな川は、オリチャンというモデルに夢中で、ハツだけでなく、周りの何者にも興味を示さない。

そんなにな川が「生のオリチャン」に触れて、気持ちがしぼんだ時、ハツとにな川の新しい関係が始まる。何かが変わろうとする予感のするラスト。きっと行き着く先はハッピーエンドではないだろう。それでも、何か希望をもたせてくれる。他人と交流をもとうとしないハツが積極的に「蹴りたい」と思える背中は、にな川だけなのだから。



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