紙婚式/山本文緒・著

とっても怖い本でした。とはいっても、オカルトやホラーじゃありません。
これは、自分で「幸せな結婚生活を送ってる」と思ってる方に、ぜひ読んでいただきたいなんて思ってしまう・・・そういう方が読むと、怖さ倍増(笑)これを読んで「この本、読んでみよう」と思った方は、ネタバレになりますので、続きはクリックしないでくださいね。


これは「結婚生活」に関する短編集で、見事に「幸せな夫婦」は出てこない。明らかに変な夫婦もいるが、ほとんどはごくごく普通の平凡な、傍目からは、幸せとはいえないまでも「平和」には見えるだろうという夫婦だ。平和で平凡な日常に隠された落とし穴。これは決して、他人事ではないのかもしれない。

「土下座」
美しく、何もかもに恵まれて、天より高いプライドゆえに、人に優しくできる人、いや、優しい振りのできる人というのはいるのだと思う。でもやはり、それは優しい振りであって、本当の優しさではない。下々のものに与える施しであるからして、その下々のものが、対等な位置に立つことなど、許されないのである。たとえ、それが夫であろうとも。でもこんな奥さんをもらった夫よりも、人を「下々」としか見られない本人のほうが、100倍不幸だと思います、わたしは。

「子宝」
生きるということは、美しいものでも、絵空事でもなく、生々しく、時にグロテスクですらある。そういった生々しいものすべてに恐怖を感じる主人公は、政略結婚で結ばれた夫を愛しながらも、彼の子を生む事を拒もうとする。最後には、愛する夫を失わんがために、子供を身ごもるのだが、夫には結婚前からの恋人がいて、そこにもすでに子供がいる。いっそ、夫を愛さなければ、彼女は幸せだったのだろうか。でも、愛のない人生はさびしい。それでも、一方通行の愛よりは、愛などないほうがいいのだろうか・・・わたしにはわからない。

「おしどり」
誰から見ても、仲のいい夫婦。でも、仲がよすぎる。どうも胡散臭い。おしどり夫婦の夫の妹は、二人をこっそり観察する。お互いに両親の離婚という共通の過去を持った夫婦は、喧嘩することもできず、お互いに無理を重ねて、追いつめられていく。それでも愛してるから、と一度は家を出た義姉も戻ってくる。これはとても悲しい話だと思ったけれど、でも、無理はしちゃいけないなぁ、などと自分のぐうたらさの格好の言い訳ができて、うれしいわたしでもあった。

「貞淑」
自分しか男を知らないはずの妻が、絶頂のときに思わず漏らした、別の男の名前。一体誰だ??もうとうに、興味などなく、おばさんになってしまったと思っていた妻の秘密を夫は必死に探ろうとする。答えは意外なところにあり、なあんだ、というくらいのものだったのだが、これは男性には怖い話かもしれないと思った。わたしは女性なので、とても楽しく読めました。

「ますお」
これは本当に怖い話だった。いつも穏やかで優しい夫。同じマンションの別の部屋に住む母とも、仲良くやってくれてる。妻は満たされた日々を送るが、あるとき、夫の意外な裏の顔を知る。キャバクラで尋常ではない騒ぎ方をして、覚せい剤を常用している夫。一体なぜ?ショックを受け、夫の気持ちについて改めて考えて時に、そこにはひとつしか答えがなかった。最後の問いに「うん。そうだね」と微笑む夫が怖い・・・・わたしも、無理はしないまでも、努力はしなくては、と思いました。

「バツイチ」
バツイチ同士のカップルが、お互いの傷に触れないように、つかず離れず付き合っているが、やがて避けては通れない問題が持ち上がってくる。一度失敗しているから、お互いに臆病になっている。愛する女をこの手で幸せに、と言い出せない男性の想いがせつない。でも、離婚って珍しいことではないし、こんなに重い離婚してる人たちばかりではないでしょうにね。最後は希望の持てる終わり方なのが、ちょっとうれしい。

「秋茄子」
子供の頃に受けた傷は、大人になってもなかなかぬぐいきれないものなのだなぁ、と思う。一見完璧な夫と、夫の両親と同居したときから、奇妙な彼らの関係に不安を覚える妻。ひとりぼっちで寂しいはずなのに、決して甘えてこない姑と、そんな妻に冷たい舅。両親のことなど気にするな、一点張りの夫。それは、姑と夫の長い間の辛い生活が原因だったのだが・・・最後の「3人でどこへも行けなくなっていた家族に私が加わり、そして少しだけれど確実に、また違う形に家族が動き始めたのだ。私はそう思いたい。せっかく結婚したのだから」という主人公の言葉に希望の持てる、ちょっとホッとできる話。

「紙婚式」
部屋は別々。生活費は完全折半。食事もお互いの分だけ用意する。籍さえ入れていない。夫婦というより、ルームメイトのような生活。そんな生活も10年で終止符を打つことになった。荷物の少ない妻が家を出るときに、夫から「婚姻届」を渡される。これから別れるというのに。正直、このふたりが一番重症だと思った。冒頭で、多分夫の愛人である若い女の子が「あんたたちなんて、結婚してる意味がない」と言い放つが、本当にそうだ。自由気ままに生きたいなら、その代償として、孤独はつき物なのだ。誰かと一緒に生きるということは、ある程度自分の生活を犠牲にしなくてはいけないのだ。それができないなら、結婚なんてするべきではない。まぁ、いろんな夫婦があるから、そんな風に言い切るべきでもないのだろうけど・・・


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