中吊り小説/吉本ばなな 他

JR東日本Tokyo Trainキャンペーンの一環で、東京地区のJR電車内に掲出された中吊りポスター。「連載 中吊り小説」19編が、一冊の本になったもの。この中吊り小説が連載されていたのは、1991年9月〜1992年12月。バブル真っ只中ではないけど、まだまだ不況がそれほど深刻ではなかった頃。当代きっての人気作家たちの作品を、無料で読ませようというんだから、JRも太っ腹、企画としてはバブルそのものって感じがします。

その頃わたしは、名古屋で自転車通勤していましたので、東京にも、JRにも縁がありませんでしたねー。これ、リアルタイムで読んでらした方、いらっしゃいますか?

掲載作家一覧
吉本ばなな 高橋源一郎 阿刀田高 椎名誠 村松友視 泉麻人 曽野綾子 森村桂 高橋三千綱 嵐山光三郎 秋元康 森瑤子 ねじめ正一 赤川次郎 和田誠 浅井慎平 安西水丸 常盤新平 伊集院静

中身の詳しい感想を、続きに書きます。ネタばれになっちゃいますので、まだ読んだことのない方は、読まないでくださいね〜(笑)


「新婚さん」吉本ばなな
家に帰りたくない、と降りる駅をやり過ごしていた深夜の電車の中で、僕の隣に座ってきた浮浪者は、いつのまにか、美しい女に変わっていて・・・サスペンスタッチで、なかなかおもしろかった。いつも思うんだけど、ばななさんは、「わたしたちだけにだけわかる言葉」という表現が好きだなぁ。そういう「わかる人にはわかる」みたいに書かれると、読者でありながら、「自分にはわからないかも」という疎外感を持ってしまったりするのであった。わたしだけかもしれないけど。

「怪傑主婦仮面」高橋源一郎
コミカルで軽いお話。ハルミさんが怪傑主婦仮面に変身するときには「KENZO」のトレーナーを着る、というのが、時代を感じさせて、懐かしかった。もちろん、今もKENZOは健在だけど、この頃は、本当にはやりましたよね。先日肩が冷えて、肩こりが激しかったので、スカーフを巻いてたんですが、それがKENZOの派手な花柄のもの(笑)こんな使い方して、ごめんなさい、KENZOさん

「別れの朝」阿刀田高
ブラックなショートショートでおなじみの阿刀田さんらしく、短い中で揺れ動く感情が、よく描かれています。ちょっとしたことで、もつれてしまうのが、男女の仲。男性のほうが、やっぱりロマンティストなのかもしれない、と思った。そして、ロマンとは、傷つきやすいものなのです。

「ある日。」椎名誠
電車の中に子犬が乗り込んできた。なんと言うことのない物語なのだけど、周りの登場人物の描写が楽しい。最後にボクの正体がわかるあたりが、ちょっとしたオチになっている。

「TOKYO物語」村松友視
これ、すごくおもしろかった。ナンセンスなんだけど、おかしい。「人は、目薬をさすときになぜ口をあけるのだろう」から始まるんだけど、どうでもいいことなのに、意外とそういう中に、人間っぽさって現れてるのかも。わたしは、山形部長のファンになってしまった。彼が、ラッシュの電車の中で、粉薬を毎日飲む姿を見てみたかった。(って、小説だってば(笑))

「車窓越しの幻想」泉麻人
子供の頃のなぞの迷宮に迷い込む、ノスタルジックな物語。わたしの少し前の世代の方たちが子供だった頃って、こんな風に世の中には、わくわくする魅惑の世界が広がっていたんだろうな、などと思う。最後にポケベルで起こされるというのが、ベタ過ぎる結末だけど、ポケベルってのも、懐かしくていい感じ(笑)

「帰る」曽野綾子
この本の中で、この話が一番好きだった。どんな人にも、生物にも帰るべき場所と、帰るべきときがある。そんな「帰る」事に関する話を、友人のカメラマンが何気なく話す。ちょっといい話だったり、切ない話だったり・・・どこかに、何かに帰属するという意識が、生きるものを生かし、そして死してまた、どこかへ帰っていく。

「幸せのお菓子」森村桂
唯一メルヘンなお話。幸せはみんなで分かち合ううちに、もっともっと幸せになれる、という感じかな。できれば味気ない文庫じゃなくって、かわいらしい絵本で読みたかったなぁ。

「電車古典文学大系」嵐山光三郎
一応、文学になぞらえて書かれた、やっぱりナンセンスな世界。これはおもしろかった。ばかばかしくてよかった。特に、駒子と結婚したものの、トンネルを抜けないと心が燃えないと気づいて、反対側から電車に乗ってこさせたり、挙句に離婚と結婚を繰り返したり、という「雪国」もどきの話は、うけました。

「あなたに似た人」森瑤子
これは素敵だった。森さんらしい世界。阿刀田さんのところにも書いたけど、男女の仲って、ちょっとしたことで、よくなったり悪くなったり。そんな感情の微妙な機微が、絶妙に描かれている。どれも、一言では説明しがい複雑な感情だ。そんな感情を、誰もが持っているものなのかも。だから、ここに出てくる人はどこか、自分に似ているのかもしれない。

「赤チンの午后」ねじめ正一
思いがけないことが起こったとき、それがとんでもないことであればあるほど「たいしたことないよ」と言ってもらうことが、どんなにありがたいか。気休めがどんなに気を楽にしてくれるか。そして、それがやっぱり、とんでもないことだったと、はっきりしても、全然平気さ、という顔をしていたい。少年とは、男とは、そういうものなのかも。

「留守番電話」赤川次郎
赤川さんらしい、軽快なサスペンス。自分が留守中に、物事がどんどん進んでいく。商談も妻との約束も。どうやら、留守番電話が自分の代わりに、話をしてくれてるらしい。最後は、意外な結末で、ちょっとゾッとしてしまう。久しぶりに読んだけど、ついつい引き込まれてしまった。

「東京走馬燈」和田誠
やっぱりノスタルジックなエッセイである。戦後の日本は、貧しかっただろうけど、夢のある素敵な場所だったように思う。年配の方に、そんな時代の話をよく伺うんだけど、本当にうらやましいと思う。その頃の銀座や上野なんかを、歩いてみたいなぁ、と思う。

「東京感傷列車」浅井慎平
タイトルのとおり、東京に出てきた頃の思い出を感傷的に綴ったもの。今は地方も東京も、それほど変わらないような気がする。でもこの頃には、東京は本当に特別な場所だったのだろう。「子供の頃から、ポケットに星屑をつめていた。いつもこころ細い時には、ポケットの中の闇をまさぐった。明るい絶望というものだってあるのさ。 -中略- あの頃、辛さと屈辱を味わったはずなのに、いまは懐かしい。
たぶん人にとって大切なことはポケットの中の星屑なのだ。」すごく、心に響いた。

「遠い夏」安西水丸
安西水丸さんは、昔から大好きだった。あ、イラストのほう。イラストレーターだから。ユーミンの「Pearl Pierce」のジャケットのイラスト、すごく都会的で憧れた。これも、エッセイ。水丸さん好きなわたしには、興味津々だけど・・・という感じかな。水丸さんは、千葉の九十九里のあたりの出身だそうだ。毎日海を見ていたから、あんな画風になったのだという。やはりそういったことは大切なのかな。

「街の風景」常盤新平
気まぐれな女性と恋をして、振り回されて、逃げられてしまった話。と書くと、実もふたもないけど、男性はこういう話に、ロマンを持たせたがる。逆の場合でも、やはり女性も大恋愛のように思うものなのかなぁ。

「秋の風鈴」伊集院静
正統派な小説だと思った。読んでいて、母親と愛人と娘の、それぞれの中の匂いたつような「女」を感じた。いくつになっても、自分も「女」であり続けたいと思った。


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