クリエイターの地位。
ずっと前に描いたモノをデジタル加工したモノ。反則ですが、こういうのも面白いね♪

吉田戦車の「無償の仕事依頼」批判に81.5%が「共感」
http://yukan-news.ameba.jp/20131022-72/

これに共感しないで何に共感するという感じですが。
無償で引き受けたやなせさんがえらいとも思わない。
やなせさんほどの力があるなら、無償で引き受けないで、有償で依頼するのが
当然という風潮に持っていってほしかった。
彼が無償で引き受けた分を、有償で誰かが引き受けていたら、その人の道が
開けていたかもしれないし、この国のクリエイターの地位も少しは
向上したかもしれないのだ。
こうやって、食のグローバル化も進むのねー。
http://woman.mynavi.jp/article/131022-023/

忘れたころに書いてみる。
元夫との話。
もしかしたら、泥沼の離婚劇を期待されているかもしれませんが、そもそも、全然泥沼じゃなかったものを、脚色して書くこともできないので、そこは期待しないでください(笑)
私が離婚を言い出してから、たった3ヶ月後に、あっさりと離婚成立してしまいました、11年も連れ添ったのに。2〜3年は覚悟しといたほうがいいと、周りからは散々脅されていたのにね、拍子抜け。
元夫は、元妻の私が言うのもなんですが、国立大を奨学金で出たエリートで、立派な人でしたが、人間関係のなんたるかは、よくわかってない人、とくに男女のことはからっきしダメ、な人でした。
勉強ばっかりしてきた人にありがちなタイプなんでしょうね。
彼は離婚したいとは考えたこともなく、まさか私が言い出すとも思ってなかったそうです。自分ほどの好条件な男はなかなかいないだろうと、胡坐をかいていたのでしょうね。
彼とは、F市とK市の境目辺りの不便な場所にある一戸建てに住んでいましたが、彼は、自分のいない間に出て行ってくれと、引っ越し代や経費もろもろで、100万円以上かけて、F駅近くのマンションで一人暮らしをはじめました。今思っても、なんてお金持ちー。そのまま家を売って、彼はそのマンションに住むつもりでしたが、結局家が思うような値段で売れないと分かり、私の引っ越し後、その不便な広い家に戻って来たそうです。
離婚するときに言われたのが「寂しさのあまり、悪い女に騙されそうで怖い」でした。最後の最後に言われたのがこの言葉・・・なんだか情けなかったです。
離婚後も、普通に連絡を取り合っていたのですが、彼はすぐに結婚相談所に登録して、婚活をはじめました。そのときに、前の結婚生活で住んでた家ってマイナスかなぁ?とか、いろいろ相談されました。
なんか、もうちょっと未練とか見せてほしかったけれど、結局私って、家政婦みたいなものだったのね、とはっきりしたので、離婚してよかったのだな、と思えました。
離婚に至った原因は、ここには詳しくは書きませんが、人生に対する価値観が、大きく違ったことが大きかったのだな、と思っています。もしも子どもができていれば、違った選択になったと思いますが、子どものいない夫婦が、違った価値観の中で生きていくのは、なかなか難しいものがあるものです。彼は決して私の価値観を認めるような人ではなかったし。当時の私は、ひよこというより、籠の中の鳥でしたw
彼は、不便な家でも、楽しそうに家事をして、地味に生活をしてくれるような女性を求めていたのだと思いますが、私は残念ながら、そういうタイプではなかったのですよね。周りのエリート男性の奥さんと呼ばれる人たちの、夫自慢・子供自慢にもうんざりしていて、私は自分自身の力で輝きたい、自分自身の人生を生きたいと思ってしまったのです。
彼は私より7歳年上で、私は当時まだ30代でした。彼はとにかく私より若い女性を、と望んだそうですが、それは難しいと言われたそうで、ショックを受けていました。この期に及んでも、まだそんな事を言ってるのか!とあきれましたが、お見合いで、いろんな女性と知り合って、彼もいろいろと考えが変わったようです。
その後一人の女性と決めておつきあいを始めたそうですが、その相手が、非常勤で美術教師をしてる40歳の女性と聞いて、なんでまたそういう人を選ぶかなーと笑ってしまったのですが・・・まぁそういう人が好きなのですね。
当時の彼は、年収1000万を超えてましたし、ローンがあるとはいえ、生活は余裕があるもので、40代女性のお見合い相手としては、悪くない条件だったと思うのですが、それでも相手の方からは、なかなかいい返事がもらえなかったそうです。
普通お見合いって、初めて会ってから1年以内に結婚するものという感覚があるので、珍しいなぁと思いました。きっと彼のどこかに相手をためらわせる何かがあるのだろうなと、それには納得したのです。
http://woman.mynavi.jp/article/131022-023/

忘れたころに書いてみる。
元夫との話。
もしかしたら、泥沼の離婚劇を期待されているかもしれませんが、そもそも、全然泥沼じゃなかったものを、脚色して書くこともできないので、そこは期待しないでください(笑)
私が離婚を言い出してから、たった3ヶ月後に、あっさりと離婚成立してしまいました、11年も連れ添ったのに。2〜3年は覚悟しといたほうがいいと、周りからは散々脅されていたのにね、拍子抜け。
元夫は、元妻の私が言うのもなんですが、国立大を奨学金で出たエリートで、立派な人でしたが、人間関係のなんたるかは、よくわかってない人、とくに男女のことはからっきしダメ、な人でした。
勉強ばっかりしてきた人にありがちなタイプなんでしょうね。
彼は離婚したいとは考えたこともなく、まさか私が言い出すとも思ってなかったそうです。自分ほどの好条件な男はなかなかいないだろうと、胡坐をかいていたのでしょうね。
彼とは、F市とK市の境目辺りの不便な場所にある一戸建てに住んでいましたが、彼は、自分のいない間に出て行ってくれと、引っ越し代や経費もろもろで、100万円以上かけて、F駅近くのマンションで一人暮らしをはじめました。今思っても、なんてお金持ちー。そのまま家を売って、彼はそのマンションに住むつもりでしたが、結局家が思うような値段で売れないと分かり、私の引っ越し後、その不便な広い家に戻って来たそうです。
離婚するときに言われたのが「寂しさのあまり、悪い女に騙されそうで怖い」でした。最後の最後に言われたのがこの言葉・・・なんだか情けなかったです。
離婚後も、普通に連絡を取り合っていたのですが、彼はすぐに結婚相談所に登録して、婚活をはじめました。そのときに、前の結婚生活で住んでた家ってマイナスかなぁ?とか、いろいろ相談されました。
なんか、もうちょっと未練とか見せてほしかったけれど、結局私って、家政婦みたいなものだったのね、とはっきりしたので、離婚してよかったのだな、と思えました。
離婚に至った原因は、ここには詳しくは書きませんが、人生に対する価値観が、大きく違ったことが大きかったのだな、と思っています。もしも子どもができていれば、違った選択になったと思いますが、子どものいない夫婦が、違った価値観の中で生きていくのは、なかなか難しいものがあるものです。彼は決して私の価値観を認めるような人ではなかったし。当時の私は、ひよこというより、籠の中の鳥でしたw
彼は、不便な家でも、楽しそうに家事をして、地味に生活をしてくれるような女性を求めていたのだと思いますが、私は残念ながら、そういうタイプではなかったのですよね。周りのエリート男性の奥さんと呼ばれる人たちの、夫自慢・子供自慢にもうんざりしていて、私は自分自身の力で輝きたい、自分自身の人生を生きたいと思ってしまったのです。
彼は私より7歳年上で、私は当時まだ30代でした。彼はとにかく私より若い女性を、と望んだそうですが、それは難しいと言われたそうで、ショックを受けていました。この期に及んでも、まだそんな事を言ってるのか!とあきれましたが、お見合いで、いろんな女性と知り合って、彼もいろいろと考えが変わったようです。
その後一人の女性と決めておつきあいを始めたそうですが、その相手が、非常勤で美術教師をしてる40歳の女性と聞いて、なんでまたそういう人を選ぶかなーと笑ってしまったのですが・・・まぁそういう人が好きなのですね。
当時の彼は、年収1000万を超えてましたし、ローンがあるとはいえ、生活は余裕があるもので、40代女性のお見合い相手としては、悪くない条件だったと思うのですが、それでも相手の方からは、なかなかいい返事がもらえなかったそうです。
普通お見合いって、初めて会ってから1年以内に結婚するものという感覚があるので、珍しいなぁと思いました。きっと彼のどこかに相手をためらわせる何かがあるのだろうなと、それには納得したのです。

