わたしはなぜ襟を無くすのか?
(2024/12/25)2012年1月のわたし。恵比寿の写真美術館にて。
若い。
とまぁ、そんな話ではない。
このとき着ているコート、すごく気に入っているたのだが、これしか写真がない。
なぜかといえば
この3年後に着ようとしたら、この存在感ある襟が見つからなかったのであった。

2015年にはおしゃれコーディネートをする気満々だった。多分この帽子あたりをかぶる予定だったのだろう。(隣は忍者の方(笑))
なのになんで、2012年1月の東京では、こんな変なコーディネートだったのだろうか。
謎。 いや、レスポのバッグもリーボックの金ぴかイージートーンも素敵なのよ?でもなんでこのコートに合わせるのか!旅行中だから、ということにしておいてほしい。
一番上の写真も本当はこんな感じだった。(バッグの彩度を落とした)

あ、これを載せたのは、マスクをつけている方が何割か美人に見えることに気づいたからよ!(ほほほ)

ところで、2005年までのわたしは、今とは全く違った価値観の中で生きていて、カシミアのコートをサラリと着ていたりしたのだ。
そのコート、生活のガラリと変わった2006年、冬の初めに着ようとして、あまりの似合わなさに思わずしまう。
でももったいなくて捨てられない、を繰り返して約20年。
なんで似合わないかといえば、襟が異常に小さいのね。
コンサバでトラッドなファッションってこうなのね?などと納得させてきたのだが…
昨日、とあるイベントを見に出かけるときに着てみたら、スカーフを撒けば全然オッケーだと気づく。
(早く気づけよ、自分)
ボタンが緩んでいたので、付け替えようとすると「ボクがやっておくよ」」とオット。
「これ、いいものなのよね。裏地がシルクだし」と言いながら洗濯表示タグを見ると「あれ?」
「スペア衿 Foxって書いてある」
オットにそういうと「ホントだ、襟のところにボタンがついてる」
・・・・

(※衿は基本的には和服を指すので、本稿では「襟」で統一)
キツネの襟????
まーーーったく覚えていない。写真も残っていない。
このコートを買ったころって、いつも一人で出かけていたし、太っていたので写真嫌いだったのだ。
「かあさん、わたしのコートのキツネの襟、どこへ行ったんでしょうね」
2006年以降にこのコートが似合わなかったのは、わたしがずっと痩せていたせいでもあった。今は太って、2005年より前の若いけどおばさんっぽかった自分に近づいたせいなのだと納得した。
本日の教訓:襟を付け替えられるコートは買うな