夢は簡単に叶わない方がいい
『読んだら最後、小説を書かないではいられなくなる本』(太田忠司・星海社)読了。
春に太田忠司先生のプロフィール写真を夫でカメラマンの宮田が撮影した際にわたしもその場にお邪魔した。太田先生とお茶までさせていただき、至極幸せな時間を過ごした。
その際に、この本のことをちらりと伺って、めちゃくちゃ楽しみにしていたのだ。ようやく仕事が少し落ち着いてきたので、コツコツ読んでいる。おもしろい!
実はわたし、中学高校の頃に「小説もどき」を書いていた。
で、書いた小説もどきを当時の流行りでかわいく折りたたんで休み時間に友人に回していた。
そしたら、いつの間にか友人の友人も読んでいて、「続きは?」とまったく知らない子に言われるようになったのだ。
手紙には順番に番号を振って、気づけば連載小説のようになっていた。
なんだか、紫式部みたいなことしてたんじゃない?わたしってば!(←厚かましい)
(大河ドラマだと『源氏物語』の執筆は道長が頼んだことになってたけど、今までの定説だと、式部の友人たちの間で回し読みされていた『源氏』が評判になって、それを道長が聞きつけてスカウトしたとされている)
中学時代に書いていたのは、当時仲のよかった「Dちゃん」という美少女が、片思いしていたクラスのヤンキー少年・Kくんと結ばれる話。誰のことかはわからないように書いていたけどね。
しかしKくんはめちゃモテ男で、Dちゃんは知らない間に敵をたくさん作っていたらしく、知らない子に悪口を聞かされることが増え…
「あの小説のモデルがDちゃん&Kくんだと知れたら殺される!」とビビったものだった。
(大げさでなくウチの中学はマジで怖い学校だった)
高校時代に書いていたのは、当時大ヒットした映画『バックトゥザフューチャー1』の続編。まだ2も3もつくられる前に勝手に続編を書いていたのだった。
しかも3部作だった。(ここまでは覚えているけど、どんな話だったかは覚えていない…)
これも気づけば、知らない同級生にも読まれていたんだよね。
そんな「もどき」を書いていたわたしも、太田先生のこの本を読めば、ちゃんとした小説が書けるかも?

「自分が紫式部かもしれない」という話のつづき。
11/3放送の『光る君へ』で、『源氏物語』本編を書き終えたまひろ(紫式部)は、生きる目的を見失い、出家を望むようになる。
(道長が、「雲隠」とだけ書かれた草稿を持ち上げるシーンがあったが、あれが有名な『源氏物語』本編の最終帖。たった2文字で「光源氏の死」を意味している)
病が悪化した道長は療養のために宇治へ。そこへ見舞ったまひろは、一緒に死のうかと道長をいざなう。
しかし道長は、自分より先に死んではならぬと諭す。「それなら道長さまも生きてください」
そしてまひろは源氏の没後にあたる「宇治十帖」を書き始める。道長を見舞ったことで、新たな「生きる目的」を見つけたのだ。という流れは素晴らしい!「そう来たか!」と感じた。
これは紫式部に限った話ではない。
「何事かを成し遂げた者」が達成感を持つのは一瞬で、すぐに「生きる張り合い」をなくしてしまうのだ。
いわゆる「燃え尽き症候群」というやつ。
わたし自身も、やりたいと思っていたことはほぼかなってしまった。もう自分の役割などないのではないかとよく思う。その点、まひろの気持ちには共感する。
しかし、紫式部と自分には大きな違いがある。
それは「ベストセラー」を出したかどうかということ。
自分も100万部くらいのベストセラーを出せたら、まひろくらいの無常感を持ってもいいのかもしれない。
この時代に100万部は結構な無理ゲーだけど、それを密かに目標に、この先も書き続けていこうと思う。
え?もちろん小説じゃなくて、コラムよ?

取材相手のことを調べていて、めちゃくちゃいい記事に出会うとショックだしもう私の記事なんか必要ないんじゃと思うけれど、じゃあここでどういう切り口にすればまた読まれる記事にできるのか。そう考えるのが重要。頑張れわたし。
2017年12月。カボチャがメインの和のご飯。noteみんフォトでもよくつかわれています。#スケッチ #透明水彩
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久しぶりのnote。太田忠司さん『読んだら最後、小説を書かないではいられなくなる本』を読んで救われた話。
夢は簡単にかなわなくていい〜夢を見て努力できるしあわせ
#陽菜ひよ子 / インタビューライター&イラストレーター
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