美醜と薩摩と三川分流工事

(2025/6/10)【尾州と三川分流工事の話】わたしの今回の絵本『ひつじのモフモフ』(三恵社)は、尾州毛織という地域の産業振興を目指したものでもあります。
ちょっとややこしいのが、毛織物産地としては愛知県一宮市が有名ですが、今回の絵本のヒントとなった三星毛糸さんは岐阜県羽島市の会社。だから尾州(愛知県西部と岐阜県の一部)という面倒な注釈が必要になります。
羽島市と一宮市は川を挟んで隣接していて、なぜここは川を挟んで同じ産業が盛んになったんだろうと調べてみました。
三星毛糸のあるあたり(羽栗郡)は、戦国時代までは尾張国(現在の愛知県)だったのが、大洪水で木曽川の流路が変わり、秀吉によって美濃国(岐阜県)に組み入れられたのだそう。
昔からこのあたりは、木曽川・長良川・揖斐川の三川が大洪水をおこしました。
江戸幕府は薩摩藩に命じてたびたび「治水工事(宝暦治水)」を実施。大変な工事で、薩摩藩は多数の死者を出し金銭的にも大きな犠牲を強いられました。
鹿児島の人と会うと、なんとなく申し訳ない気持ちになります。この話はこのあたりの子は必ず社会科で学びますが、道産子の夫は知らないそうです。
しかも大洪水は江戸時代には収まらず、明治期にオランダの土木技師ヨハニス・デ・レーケの「三川分流工事」によってようやく終息したのだそうです。