「オリエント急行殺人事件」(ネタバレあり)
そこそこ読書家であると自負しているものの、一人の作家の作品を全部読むというタイプではなく、その時その時に気になる本を乱読するタイプの私には珍しく、ほぼ全作品を読破しているのがアガサ・クリスティだ。そのクリスティの不朽の名作と言えば「そして誰もいなくなった」がいちばん有名かも知れない。けれど、私の中のナンバーワンは何と言っても本作「オリエント急行の殺人」である。
クリスティの醍醐味は、その謎ときもさることながら、それ以上にそこに隠された人の人生を浮き彫りにすること。名探偵ポアロもミス・マープルも、事件を状況証拠から判断はしない。その事件の起きた背景や人物の性格から事件を洗い出して行く。そこから見えてくる人生。それを知ることがクリスティを味わう最大の悦びと言えるだろう。
この作品の凄いところは、すべての謎を解いていながらポアロがあえて「この事件の犯人はこの人です」と誤った解釈を述べること。その上で、実際に何が起こったかを述べ、最後に「やはり、最初の解釈でよいでしょう」と締めくくる。
警察や司法の役目は「真実を追求すること」であるかもしれないけれど、時には「真実」より大切な物がある。基本的に人は誰も「殺されていい者」はいない。それでも、許される殺人もあるのではないか。最近も、罪もない人を殺した犯人が無期懲役になったことが問題となった。
(これを書いているのは2020年1月)その犯人は無期懲役になることを望んでおり、そうなるために一人だけ殺した。殺された人は、他の見知らぬ女性をかばったためにそんなことになってしまった。遺族の憤りや悲しみはいかばかりなものか。現在の法律では一人殺しても死刑にはならない。犯人は望み通り無期懲役となった。刑を告げられた時、犯人は万歳三唱したという。裁くこと、罰することの難しさ、限界を感じる。
話を本作に戻すと、この「オリエント急行の殺人」は、ある残酷な殺人事件に端を発する。それによって、人生を狂わされた多くの人々が犯人をこの列車におびき寄せて殺害した。それがこの事件の真相だ。つまり、列車に乗っていたポアロ(と鉄道会社の重役)と殺された人物以外、全員が共犯者だったのだ。
犯人はのうのうと生き延びて、今も悪事に手を染めている。この先も法で裁かれることはないだろう。だからと言って殺してよいものかと言えば、法律的にはNoである。法律では許されることはない。しかしこのポアロは許す。他の誰が許さなくても、この名探偵が許すと言っている。そんなポアロの想いが胸に迫るのだ。
そんな想いのある作品。しかも、ジョニデやペネロペ、ミシェル・ファイファーなどの有名俳優の豪華共演ということで話題になったこの作品。うーん、見ての感想は。。。思い入れが強いだけに、気になる点が。。。
観終わってすぐの感想は、あれ?ポアロってこんなに厳しかったっけ?というものだった。
事件の真相を暴いたポアロは、自分は不均衡を嫌う故に口止めできないから殺せと犯人たちに言い放つ。目の前には拳銃。ミシェル・ファイファー演じるハバート夫人がポワロに銃口を向け「私が1人で殺った」と言って自殺しようとするが、銃の弾倉に弾は込められおらず。
結果、他に犯人がいるという案は採用するが、ポアロは彼らに彼らの罪を突きつける。ポアロは不均衡を抱えて生きて、彼らの罪を許すという結果に。。。あれ?そんなだっけ?これでは何だか不本意なような。。。原作のポアロは、自らの意思でも現実とは違う案を選んでいなかったっけ?
この本を読んだのは20代の後半か30代始めで、もう20年も前のことなので裏覚えだけれど、確かポアロは二つの案を出して誰かに問いかけ、その人の了承を得て「私もその方がいいと思います。ではそういうことにしましょう」という結末だったように思う。
いろいろググって調べてみると、やはりその通りで、大抵の探偵小説に存在する「狂言回し的な存在」がこの小説にも登場する。ホームズにはワトソンが、ポアロにはヘイスティングという助手や素人の友人が傍にいて、いろいろ突っ込んでくれることで、読者はより物語に感情移入しやすいのだ。本作においては国際寝台車会社の重役・ブークがその役割を担う。
ポアロは全くの第三者である彼に尋ねる。「どちらの方が真相だと思われるか?」と。もちろん他に犯人がいる説を取るブーク。さらに医師も同意し、今までの診断を訂正するとまでいう。こうして平和的解決により大団円を迎える、というのが、原作の筋書きだったのだ。
しかしこれが、ブラナー流の解釈なのだろう。原作は「史上最悪の冤罪事件」と呼ばれるリンドバーグ事件を元に描かれていて、正義についてのクリスティの考えが前面に押し出されたものとなっている。時には「真実」より重い「正義」があるというのが根本にある考えだ。
そこに一石を投じているのが今回の映画。わざわざ最初に別の事件をポアロに解決させてからオリエント急行に乗り込ませるのもそこを狙ってのことだ。ここでこの映画は「この世界には善と悪の二者しか存在しない」とわざわざポアロに語らせている。
ラチェット殺害事件に関しても、原作の「時には真実より重い正義がある」というクリスティの主張に対して「それでも罪は罪だ」というさらなる解釈を与えているのが本作である。この名作の映画化は二度目だけれど、この先も何度もリメイクされて行くだろう。その中でこういう解釈の作品があってもよいと思う。
原作をそのまま忠実に描く映画もあれば、映画監督の新解釈によるものがあってもよいと思う。ただ好みは別れるだろう。ブラナ−氏のポアロはなかなかよかった。なんて言ったら失礼か。ジョニデを起用する辺りがミーハーとも言えるけど彼の悪役も悪くなかった。さすがだね!
ブラナ−氏はイギリスの俳優でシェイクスピア俳優として有名なお方であり「ローレンス・オリヴィエの再来」と呼ばれているのだそうだ。おお!そして映画監督、脚本家、プロデューサーも兼ねている。
マスターピースと名高い1974年版も改めて観たくなった。
オリエント急行殺人事件 Murder on the Orient Express
監督 ケネス・ブラナー
脚本 マイケル・グリーン
原作 アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人』
製作 リドリー・スコット、マーク・ゴードン、サイモン・キンバーグ、
ケネス・ブラナー、ジュディ・ホフランド、マイケル・シェイファー
出演者 エルキュール・ポアロ - ケネス・ブラナー: 世界一の名探偵。
エドワード・ラチェット - ジョニー・デップ: アメリカ人のギャングで富豪(A事件の犯人)
ピラール・エストラバドス - ペネロペ・クルス: 宣教師(デイジーの乳母)
ゲアハルト・ハードマン - ウィレム・デフォー: 教授(自殺した子守娘の恋人)
ドラゴミロフ公爵夫人 - ジュディ・デンチ:ロシア人の富豪(リンダ・アーデンの友人)
ヘクター・マックイーン - ジョシュ・ギャッド: ラチェットの秘書(ソニアを昔から崇拝)
エドワード・ヘンリー・マスターマン - デレク・ジャコビ: ラチェットの執事(A家の召使い)
ドクター・アーバスノット - レスリー・オドム・Jr:イギリス人の大佐(A大佐の友人)
キャロライン・ハバード夫人 - ミシェル・ファイファー: 未亡人(リンダ・アーデン本人)
メアリ・デブナム - デイジー・リドリー: 家庭教師(アームストロング家の家庭教師)
ヒルデガルデ・シュミット - オリヴィア・コールマン: 公爵夫人のメイド(A家の料理人)
エレナ・アンドレニ伯爵夫人 - ルーシー・ボイントン(ソニア・アームストロングの妹)
ピエール・ミシェル - マーワン・ケンザリ: オリエント急行の車掌(自殺した子守娘の父親)
ビニアミノ・マルケス - マヌエル・ガルシア=ルルフォ: 自動車のセールスマン。
ルドルフ・アンドレニ伯爵 - セルゲイ・ポルーニン(エレナの夫)
ブーク - トム・ベイトマン: 国際寝台車会社の重役
ソニア・アームストロング - ミランダ・レーゾン(A事件で殺害されたデイジーの母親)
音楽 パトリック・ドイル
撮影 ハリス・ザンバーラウコス
編集 ミック・オーズリー
製作会社 キングバーグ・ジャンル、ザ・マーク・ゴードン・カンパニー
スコット・フリー・プロダクションズ
配給 アメリカ合衆国・日本 20世紀フォックス
公開 アメリカ合衆国 2017年11月10日
日本 2017年12月8日
上映時間 114分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $55,000,000
興行収入 アメリカ合衆国 $102,826,543
日本の旗 16.2億円
世界の旗 $352,789,811
「シンデレラ」
ここまで「オリエント急行」について感想を書いて来てみて、改めてこの映画の良さも感じたけれど、正直観終わってすぐは「???」と言う感じだった。イマイチピンと来なかったのだ。原作のイメージが強く、名作と呼ばれるものほどそういったことは多いだろう。期待値が大きすぎるのだ。
それに対して、見た時から結構良かったと感じたのがこの「シンデレラ」。ブラナ―監督がシェイクスピア俳優として天才の名を欲しいままにしたにもかかわらず、ハリウッドの商業的映画(ディズニーやアメコミなど)の監督ばかりをやっていることを苦々しく思う向きもある様だ。確かになぜディズニー?とは思う。
でも意外とこの映画、悪くなかった。元の童話では王子とシンデレラはたった数時間一緒に踊っただけで、相手の容姿に惹かれる恋物語だ。でもそれってどうよ?確かに顔だけで始まる恋はあるだろう。一目ぼれが恋ではないなんて言う気はない。けれど「それだけ」の映画ではあまりに浅すぎるというモノ。実写で撮る意味はない。
でもこの映画では、シンデレラと王子は森の中で出会い、お互いの心を通わせる場面が登場する。シンデレラはしっかりとした意思を持ち、ただ男性に幸せにして貰おうという他力本願な女性ではないのだ。そこに王子も心惹かれる。
また、童話では勧善懲悪な描かれ方をする意地悪継母もそんなに単純な存在ではない。シンデレラにつらく当たるのは、彼女なりに理由があったのだ。登場人物のそんな堀下げのおかげで、意外と見ごたえある作品になっている。
ストーリー
遠い昔、ある裕福な家に一人の女の赤ちゃんが生まれた。エラと名付けられたその赤ちゃんは、両親の愛情を一身に受けて美しく聡明で優しい娘に成長する。しかし病により母親が亡くなった後、エラ(リリー・ジェームズ)の将来を案じた父親は二度目の結婚相手としてトレメイン夫人(ケイト・ブランシェット)と、その連れ子であるアナスタシア(ホリデイ・グレインジャー)とドリゼラ(ソフィー・マクシェラ)を迎え入れる。新しい家族が出来たことに喜ぶエラだったが、今度は父親が旅先で病によって亡くなってしまった。すると継母は本性を表し、美しい義理の娘のエラには辛くあたり、自分に似て心の醜い意地悪な二人の娘だけを可愛がるようになった。そして継母や義姉たちが財産を浪費し、長らく家に仕えていた使用人達も次々に辞めさせてしまったため、瞬く間に屋敷は落ちぶれてしまった。
エラも召使いとして扱われるようになり、朝から晩まで洗濯や掃除、雑巾がけ、皿洗い、食事の支度などみんな押しつけられ、屋敷の屋根裏部屋に住むようになった。しかし彼女は亡き母から繰り返し教えられた、いつかは希望の虹が見えてくる、いつかは夢が叶うという言葉を信じて希望を失わなかった。そんな彼女の味方は鼠や小鳥達だった。冬になると、屋根裏部屋はとても寒くなり、エラは暖炉のそばで寝ていた。目覚めるとエラは灰まみれになっていた。
わがままな上に意地っ張りで意地悪な三人は、エラが灰で汚れた姿を見てエラをシンデレラ(シンダーエラ/灰かぶりのエラ)と呼んで笑い者にした。そんな仕打ちにとうとう耐えられなくなったエラは、泣きながら馬に乗って屋敷を飛び出してしまう。そして森の中を彷徨い回っていると、一人の若者が声をかけてくる。キットというその若者は、実は従者と鹿狩りに来ていた王子だったのだが、エラには身分を隠し城付きの猟師だと名乗る。 鹿が可哀想だから狩りを止めるよう訴えるエラを慰めているうちに二人はお互いに惹かれあっていき、キットは城に戻ってもなお彼女が忘れられなくなる。その後病床につく国王から早く結婚相手を探すよう急かされたキットは、エラを探すために身分問わず国中の若い娘達を招待した盛大な舞踏会を催した。
シンデレラ Cinderella
監督 ケネス・ブラナー
脚本 クリス・ワイツ
製作 サイモン・キンバーグ
アリソン・シェアマー
デヴィッド・バロン
出演者 ◎エラ/シンデレラ(リリー・ジェームズ、エロイーズ・ウェブ)
:主人公。母を早くに亡くし、彼女の将来を案じて再婚した父も間もなく亡くす。
◎トレメイン夫人(ケイト・ブランシェット):エラ/シンデレラの継母。
◎キット王子:(リチャード・マッデン):エラ達が住んでいる王国の王子。
◎フェアリー・ゴッドマザー(ヘレナ・ボナム=カーター)
:エラの亡き母がよく話していたおとぎ話に出てくる妖精。
◎大佐(ノンソー・アノジー):キット王子の護衛隊長。キットの一番の理解者。
◎大公(ステラン・スカルスガルド):キットの父王時代から仕えている臣下
◎ドリゼラ・トレメイン(ソフィー・マクシェラ):エラの上の義姉。黄色のドレス
◎アナスタシア・トレメイン(ホリデイ・グレインジャー):エラの下の義姉。橙色のドレス
◎国王(デレク・ジャコビ):王子の父。かなりの老齢で、本作では病床にいる。
◎廷臣(アレックス・マックイーン):舞踏会の開催とエラ捜索伝達の役割を務めた男性
◎エラの父(ベン・チャップリン):商人。優しい父親。
◎エラの母(ヘイリー・アトウェル):フェアリーゴッドマザーの存在をエラに語る
◎農夫のジョン(ポール・ハンター)
◎フィネアス(ロブ・ブライドン):エラ達の屋敷に仕えている肖像画家。
◎料理人(ケイティ・ウェスト):エラ達の屋敷に仕えている料理人。
◎トカゲの従者(トム・エデン):フェアリー・ゴッドマザーの魔法で従者になったトカゲ。
◎ガチョウの御者(ギャレス・メイソン):魔法で御者になった、エラの屋敷のガチョウ。
◎シェリーナ(ジャナ・ペレス):サラゴサの王女でラテン系の美女。王子の政略結婚相手。
◎男爵(リチャード・マッケーブ)
◎国王の医者(マイケル・ジェン)
音楽 パトリック・ドイル
主題歌 ソナ・リーレ『Strong』
撮影 ハリス・ザンバーラウコス
編集 マーティン・ウォルシュ
製作会社 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ
配給 ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ
公開 アメリカ合衆国 2015年3月13日
日本 2015年4月25日
上映時間 105分
製作国 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $95,000,000
興行収入 世界 $543,514,353
日本 57.3億円
◇見に行きたい展覧会メモ◇ →展覧会記録■
◆東京◆
ミナ ペルホネン/皆川明 つづく
2019年11月16日(土)〜2020年02月16日(日)東京都現代美術館
◆名古屋◆
ムーミン展
2019年12月7日〜2020年1月末 松坂屋美術館
サラ・ベルナールの世界展
2018年11月23日(金・祝)〜2019年3月3日(日)堺 アルフォンス・ミュシャ館
2020年1月頃まで、全国巡回予定。
https://www.sunm.co.jp/sarah/
木梨憲武展 Timing‐瞬間の光り‐
2019年9月13日(金)〜10月20日(日)松坂屋美術館
不思議の国のアリス展
2020年4月18日(土)−6月14日(日)名古屋市内の美術館(未定)
http://www.alice2019-20.jp/
◆大阪◆
萩尾望都 ポーの一族展
2019年12月4日(水)〜12月16日(月) 阪急うめだ本店
https://www.asahi.com/event/poeten/