特別展 木村伊兵衛 パリ残像

191204_kimura_iei01.jpg191204_kimura_iei02.jpg特別展 木村伊兵衛 パリ残像(稲沢市荻須記念美術館)

すごくよかった。戦後のパリの庶民生活の写真はもちろんのこと、添えられた言葉にもグッと来た。さらによかったのは、常設展での荻須さんの描いた戦前から戦後にかけてのパリの絵が良い対比となっていたこと。

写真をやっている者であれば当然のこと、そうでなくても美術に足を突っ込んでいる者であれば、知らない方がおかしい木村伊兵衛の名前。彼の写真より、朝日新聞主催の新人写真家を対象とした「木村伊兵衛写真賞」の方が有名かも知れないが。

私ももう10年以上前、恐らく2006〜2007年頃に、東京の近代美術館で彼の写真をまとめて見た記憶がある。それはモノクロで、とても日本的な写真だったように記憶している。

ただ当時は、さほど写真に興味がなく、2013年春に行った土門拳美術館やまだ最近2018年に見たソール・ライターの写真程の衝撃は受けなかった。印象としては水墨画のような。。。うーん、勘違い?

そんな印象の木村伊兵衛だったけど、今回の展示は赤の色がとにかく美しかった。かといって鮮やか過ぎず、そのニュアンスが戦後のパリの雰囲気をよく表していて、言葉に出来ない素晴らしさ。木村伊兵衛の得意とする自然なスナップはお気に入りのライカで、発売されたばかりの富士のカラーフィルムで撮影された。戦争の傷跡の残るパリはモノクロームの似合う街だけれど、あえてカラーで撮影したのだそう。
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https://bijutsutecho.com/exhibitions/2679

アンリ・カルティエ・ブレッソンやロベール・ドアノーと共に回ってリアルに切り取られたパリの下町の庶民の生活、ブランドのモデルやマヌカンたちの素顔。どれもとてもオシャレなのに、生活感と生命力にあふれている。木村自身が気をつけないとカラー写真は人形みたいになってしまうと警告している。

wikiでは同時代の写真家・土門拳と対比して
女優の高峰秀子は著書にて、「いつも洒落ていて、お茶を飲み話しながらいつの間にか撮り終えている木村伊兵衛と、人を被写体としてしか扱わず、ある撮影の時に京橋から新橋まで3往復もさせ、とことん突き詰めて撮るのだが、それでも何故か憎めない土門拳」と評している。

土門拳が深い被写界深度で女性のシワやシミなどもはっきりと写し出すため嫌われることが多かったのに対し、木村は浅い被写界深度でソフトに撮り、女性ポートレートの名手とうたわれた。
これを読んで、肖像画において、印象派の巨匠ルノワールがソフトなタッチで肖像画家として大人気を博したのに対して、ロートレックは真実を描きすぎるうえ、本人より醜く描くこともあったため、不評だったという話を思い出した。
色々なカメラを使ったが一番愛用したのはライカであり、ライカを愛用した写真家として筆頭に上げられることが多い。「ライカの神様」と呼ばれることもあった。ニコンFの発表会に招かれての挨拶でも「私はライカがあればそれで充分です」と言って笑ったという。

プロからアマチュアに至るまで多くの崇敬を集めるこのスナップの達人中の達人に、どうしたらうまく写真が撮れるのか聞いたところ、『いつでもカメラを手から離さずにいる事が大事だ』と答えたとされる。
無駄に演出することのない自然なスナップの名手であった木村伊兵衛。フランスのスナップ写真の名手、アンリ・カルティエ・ブレッソンの名を取って和製ブレッソンと呼ばれた。そのブレッソンがパリ撮影中の木村伊兵衛を撮った写真がプロフィール写真として使用されている。


                  


稲沢市荻須記念美術館は、パリを中心に活躍した稲沢市出身の画家・荻須高徳の業績を讃えるために1983年に作られたもの。ちょうど木村伊兵衛が渡航する少し前の戦前〜戦後のパリの空気感いっぱいの絵画が展示されており、その空気感の違いがすごく興味深かった。同じ場所で描かれた絵と撮影された写真の対比もあって楽しめた。

戦争前はのんびりとして華やかで、絵画と写真、表現は違ってもその空気の違いまで感じられた。ホント素敵な展示だった。こう言ったら失礼だけど、この展示は三越などでは見られないだろう。この美術館で大正解だったと思う。

館内には荻須高徳の作品と復元されたアトリエが常設されている。アトリエがまた素敵で、パリの空気を感じた。毎年秋に特別展が催されており、今年はパリにちなんで、荻須高徳と同じ年の生まれの木村伊兵衛の写真展となったようだ。
木村 伊兵衛(きむら いへい、1901年12月12日 - 1974年5月31日)は、20世紀に活動した日本の写真家。戦前・戦後を通じて活動した日本を代表する著名な写真家の一人。
報道・宣伝写真やストリートスナップ、ポートレート、舞台写真などさまざまなジャンルにおいて数多くの傑作を残している。特に同時代を生きた写真家、土門拳とはリアリズム写真において双璧をなす。

荻須 高徳(おぎす たかのり、1901年11月30日 - 1986年10月14日)は、大正・昭和期の洋画家。愛知県中島郡井長谷村(現在の稲沢市井堀高見町)出身。小磯良平は東京美術学校(現・東京藝術大学)の同期生。新制作協会会員。

土門 拳(どもん けん、1909年10月25日 - 1990年9月15日)は昭和時代に活躍した日本の写真家。
リアリズムに立脚する報道写真、日本の著名人や庶民などのポートレートやスナップ写真、寺院、仏像などの伝統文化財を撮影し、第二次世界大戦後の日本を代表する写真家の一人とされる。また、日本の写真界で屈指の名文家としても知られた。
191204_IMG_2168.jpg天気予報にはそんなことどこにも書いてなかったのに、まさかの雨。運動不足解消のために始めたドラクエウォークで敵と戦いながら(ギガデーモン戦。改良前でめちゃめちゃ強かった)ゆるゆる歩いて行ったら、本格的な降りの前に美術館に到着。

見ている間に止むかと思ったら、どんどんどんどんひどくなる。仕方なく美術館の人にバス停の場所や傘の売っていそうな場所など尋ねると、なんと、忘れ物の傘が余っているので下さるという。。。ありがたや。本当に美術館の皆さま、ありがとうございました。

バス停まで傘があればよかったのだけど、そのうち雨がやみ、結局そのまま歩いて駅までたどり着いた。コンビニで買った肉まんをほおばりながら、モンスターと戦い歩く穏やかな休日。暗い色合いの街が、木村伊兵衛の写真の世界の続きのようで、何だか心地が良かった。
特別展 木村伊兵衛 パリ残像

木村伊兵衛 (1901-74) は東京に生まれ、幼い頃にカメラを手にして以来写真に熱中し、1931 年に「独逸国際移動写真展」で欧米の新たな写真表現、特にリアリズムに感銘を受け、人物の内面に迫る肖像写真や下町に生きる人々の飾らない日常を捉えた写真を発表しました。小型で素早い撮影が可能なカメラ「ライカ」を愛用した「ライカ使いの名手」としても知られ、長きにわたって日本
の写真界を牽引し続けました。
本展では、木村が日本人写真家として戦後ヨーロッパを初めて取材した 1954 年および 55 年に撮影されたフランス、パリの作品を展示します。木村はパリで、写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンやロベール・ドアノーらと交流を深め、裏通りや市場などの生活の場を撮影しました。当時、一般的には普及していなかったカラーフィルムで写されたこれらの作品は、戦後間もないパリに生きる人々のざわめきや温もりまで詩情豊かに伝えています。
常設展の荻須高徳作品と併せてご鑑賞いただくことで、パリの素顔を体感していただくことができます。ぜひご覧ください。

会 期     10 月 26 日 ( 土 ) 〜 12 月8日 ( 日 )
        ※会期中、月曜日(11 月4日 ( 月・祝 ) を除く)、11 月5日 ( 火 ) は休館
開館時間    午前9時 30 分〜午後5時(入館は午後4時 30 分まで)
観覧料     一般 700(560)円、高校 ・ 大学生 400(320)円、小・中学生 100(80)円
        ※市内の小・中学生は無料
        ※( )内は 20 人以上の団体料金・割引料金
        ※障害者手帳・戦傷病者手帳・被爆者健康手帳を持参の方(付添人1人を含む)は割引料金

https://imaonline.jp/news/exhibition/20180921-7/
1950年代の日本では、海外渡航が極めて難しく、芸術の都パリは遠い遙かな夢の世界でもあった。1954年、ライカと開発されたばかりの国産カラーフィルムを手にパリを訪れ、日本人写真家として戦後初めてヨーロッパを取材した木村。そこでアンリ・カルティエ=ブレッソンに出会い、またロベール・ドアノーとも親しく交わり、その案内で生きたパリの町並みと下町の庶民のドラマを見ることができた。

本展では木村の作品の中でもとりわけ異色なカラー表現されたパリの写真作品131点が展示される。

https://mikan-incomplete.com/culture/33385
戦後間もない日本では、 海外渡航がきわめて難しく、芸術の都パリは遠い遙かな夢の世界。1954 (昭和29)年、 初めて念願のヨーロッパ取材がかなった木村伊兵衛は、ライカと開発されたばかりの国産カラーフィルムを手にパリを訪れ、アンリ・カルティエ=ブレッソンに出会い、 またロベール・ドアノーとも親しく交わり、その案内で生きたパリの町並みと下町の庶民のドラマを見ることができた。

木村作品のなかでもとりわけ異色なカラー表現がなされたパリは、 撮影後、 半世紀を経てアルルの写真フェスティバルやパリ市庁舎写真展などで紹介され、改めて国際的な評価を受けることとなる。木村の描きとった131 点のカラー作品から往時のパリの魅力が蘇る。

https://croissant-online.jp/life/77174/
戦後間もない日本、海外渡航がきわめて難しく、遠い遥かな夢の世界でもあった芸術の都パリ。
1954(昭和29)年 、初めて念願のヨーロッパ取材がかなった木村伊兵衛は、ライカと開発されたばかりの国産カラーフィルムを手にパリを訪れる。そこで20世紀を代表するフランスの写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソン に出会い、フランスのファッション・報道写真家として有名なロベール・ドアノー とも親しくなる。その中で生きたパリの町並みと下町の庶民のドラマに触れることに。

木村作品のなかでもとりわけ異色なカラー表現がされたパリ。撮影から半世紀を経て、アルルの写真フェスティバルやパリ市庁舎写真展などで紹介され、改めて国際的な評価を受けることとなったそう。
木村の描きとった131点のカラー作品から蘇った、往時のパリの魅力を楽しんで。

https://www.cinra.net/news/20181024-kimuraihei
1901年に東京下町の紐職人の家に生まれた写真家・木村伊兵衛。1950年に日本写真家協会初代会長に就任し、土門拳とともに「リアリズム写真運動」を推進した。1954年には日本人写真家として戦後初めてヨーロッパを取材。パリではアンリ・カルティエ=ブレッソン、ロベール・ドアノーら写真家とも交流し、当時開発されたばかりの国産カラーフィルムを手に、パリの町並みと下町の人々を撮影した。パリを写した木村のカラー写真は、半世紀を経て『アルル国際写真フェスティバル』や『パリ市庁舎写真展』などで紹介され、国際的な評価を受けた。
内容紹介
戦後間もない日本では海外渡航がきわめて難しく、芸術の都パリは遠い遙かな夢の世界でした。
1954年(昭和29)、初めて念願のヨーロッパ取材が叶った木村伊兵衛は、ライカのカメラと開発されたばかりの国産カラーフィルムを手に渡仏。そこで写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンやロベール・ドアノーと出会い、生きたパリの街並みと下町の庶民のドラマを見ることができました。
木村作品のなかでもとりわけ異色なカラー表現されたパリ117点を収載。往時のパリの魅力が蘇ります。

木村/伊兵衛
1901年(明治34)、東京市下谷の紐職人の家に生まれる。子供の頃から写真に興味を持ち、京華商業に進学はしたが寄席や芸者置屋に出入りする一方、写真に熱中した。卒業後に砂糖問屋の台湾支店に就職。そこでも仕事場近くの写真館に出入りし営業写真の技法を教わる。1922年、東京にもどりアマチュア写真クラブに入会、自宅に写真館を開く。1930年、ライカを入手し花王石鹸の広告部門でプロ写真家として活動を開始。翌年東京で開催された「独逸国際移動写真展」に大きな衝撃を受け、リアリズムの写真表現を確信する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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◇見に行きたい展覧会メモ◇ →展覧会記録■

◆東京◆
ミナ ペルホネン/皆川明 つづく
2019年11月16日(土)〜2020年02月16日(日)東京都現代美術館
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/minagawa-akira-tsuzuku/
https://mina-tsuzuku.jp/

◆名古屋◆
ムーミン展
2019年12月7日〜2020年1月末 松坂屋美術館

サラ・ベルナールの世界展
2018年11月23日(金・祝)〜2019年3月3日(日)堺 アルフォンス・ミュシャ館
2020年1月頃まで、全国巡回予定。
https://www.sunm.co.jp/sarah/

不思議の国のアリス展
2020年4月18日(土)−6月14日(日)名古屋市内の美術館(未定)
http://www.alice2019-20.jp/

◆大阪◆
萩尾望都 ポーの一族展
2019年12月4日(水)〜12月16日(月) 阪急うめだ本店
https://www.asahi.com/event/poeten/




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