主演三人は吹き替えなしと言うことですが、もう本当に素晴らしい歌声です。特にクリスティーヌ役のエミー・ロッサムは、若干17歳とは思えない歌唱力と官能に、女でありながらめろめろ。ファントム役のジェラルド・バトラーもかっこよかったです。とにかく、豪華です。美しいです。そしてせつないです。
お気に入り度 ★★★★☆
さて、内容は皆さんよくご存知の『オペラ座の怪人』(ここから先は、ネタばれになりますゆえ、ご注意を!)
時は1870年代、日本で言えば明治維新の頃、フランスは、ナポレオン三世の第二帝政時代、パリは皇帝の都市計画によって、大きく生まれ変わろうとしていました。第二帝政様式と呼ばれる、ネオ・バロックのクラシックな外観のオペラ座が華やかなりし頃。その頃に現れた「オペラ座の怪人」と呼ばれた男の、悲しい愛の伝説。物語は、すっかりオペラ座が廃墟となってしまった1919年から始まります。
最初、セピア色の絵のように見えたオペラ座が、やがて動き出し、オークションが開催され、いわくありげな老紳士と老婦人が、サルのオルゴール人形を競り合います。そして、老人がそれを手にしたところで、次にその日のオークションに目玉である「怪人」伝説に「一役買った」スワロフスキー製のシャンデリアが競りにかけられ、天井からつり下げられると同時に、周りの廃墟が次々と色彩を取り戻し、舞台は急遽「怪人」のいた1870年代に変わります。
その廃墟から豪華なオペラ座に変貌する様子が、何とも見事で、ここで一気に引き込まれてしまいました。映画館の劇場の前後も左右もほぼ真ん中と言う、本当にいい場所で見られたので、その迫力を十分に堪能できました。また、ファントムの地下の住居の不気味さ、マスカレードのきらびやかさ、舞台の豪華さなど、きちんと時代的検証もなされ、贅沢に作られているだけに、圧倒的なスケールで迫ってきます。
今までのミュージカルにはなかった部分として、ファントムの幼少時代を明確に書き、マダム・ジリー(冒頭の老婦人)が彼をオペラ座にかくまったと言うことも描かれています。本当にね、切ないのですよ。ジリーの言うように、ファントムは天才なのです。オペラを書くなどの音楽的な才能も、建築家としての才能にも恵まれています。それなのに、ただ顔が醜いというだけで、母にも捨てられ、見世物小屋で虐待された幼少時。そこから逃れても、今度はオペラ座で隠れ住むしかなかったファントム。
「わたしが何をした?何も悪いことなどしてないのに。ただ顔が醜いと言うだけで、隠れ住まなくてはいけないのか」嘆くファントムの悲しみに、観客のみならず、彼の愛した歌姫・クリスティーヌも彼に心引かれて行きます。けれど、彼の才能や悲しみ、自分への思慕に心を揺さぶられはしても、彼女が真に愛するのは、幼な馴染みのラウル・シャニュイ子爵(冒頭の老紳士)だったのです。
多分、この映画を見ている人の多くは「ファントムの方が素敵じゃない〜〜〜」と思うに違いありません。わたしもそうでしたから。
余談ですが・・・・
顔が醜いせいで、母にも捨てられ、見世物小屋で虐待されるなど、思わず昔見た「エレファントマン」と言う映画を思い出しました。あれは、実話だったそうですね(今回調べてわかった)最近彼の病気に関する謎が解明されたのだそうです。
ジョセフ・メリック氏は1862年、英国はレイチェスターに生まれた。5歳の頃から変体の兆しが現れ、10歳になる頃には目に見える形で変体し、その特異な姿から周囲に敬遠され、友達、そしてついには両親にまで見捨てられてしまう。その後、彼は全国を行脚するサーカス団に見世物小屋のフリークスとして参加し、広くその存在を知られるようになる。そして20代半ばに彼に興味を示す外科医と出会い、彼はロンドンの王室病院へ入院、27歳にしてそこで息を引き取った。「エレファントマンの謎を解明 英」より “エレファントマン”を再診断
そういえば、原作には、怪人の本名は「エリック」と書かれているそうで、エレファントマンのジョン・メリックさんと名前も似ていますね(あんまり関係ないけど)。ジョン・メリック氏が生きていたのも、ファントムが活躍したヴィクトリア時代。でも、どんなに「ゾウ人間」として蔑まれながらも、人間らしい温かい心を失わなかったジョン・メリックに対して、人を憎み、恨むことでしか自分を保つことのできなかったファントムの哀しさ・・・それを単にファントムの心の弱さ故とは言い切れないのです。
ファントムが現代に生きていたら、彼の人生は変わっていたのではないでしょうか。もちろん、整形手術ありますし、それ以上に、彼の才能で生きて行けたでしょう。物語に「もしも」はありえないことですが、どうしても考えてしまいます。
ラウルとクリスティーヌの愛の誓いを見て、憎しみを募らせるファントム。ファントムにさらわれたクリスティーヌを救うために現れたラウルの命と引き換えに、ファントムはクリスティーヌに自分に身を捧げることを要求します。しかし、実際にクリスティーヌが従順に彼にキスを捧げると、ことの虚しさを思い、ふたりを逃がします。
そのあと、一度戻ってくるクリスティーヌ。思わず、自分を選んでくれたのかと期待するファントム(観客も期待しちゃうよね)。でも彼女は、彼に指輪を託し、ラウルとともに船で去って行きます(ひどいよね)。それを見送るファントムの一層の絶望。たたき壊されて行く鏡。
アンドリュー・ロイド=ウェバーのミュージカル以前の映画や原作では、ただの復讐劇でしかなかった「オペラ座の怪人」は、こうして切ない恋物語として幕を下ろすのでした。
が、映画はさらに1919年に戻ります。わたしのように、原作を知らない者に取っては、もしかしたら、ラウルはクリスティーヌをファントムに奪われて、寂しい一生を送ったのだろうかと思いつつ、1870年代と1919年を行ったり来たりしながら見守っていたのですが、ラストで、ラウルがクリスティーヌの墓に、サルのオルゴール人形を備えるのを見て、二人が幸せに暮らしたことを思い、ホッとするのです。そしてそこに、ファントムがクリスティーヌにいつも贈っていたのと同じ、黒いリボンの結ばれた真っ赤な薔薇と、クリスティーヌの指輪が置かれていて、バラだけが、モノクロから真っ赤に変わって行くのが、何とも美しいのです。
パパさんも書かれていますが、ファントムの愛の昇華を、わたしも感じました。クリスティーヌへの愛は変わらないけれど、そこから憎しみは消えたのではないのだろうかと。ファントムは、恋を知って、少しは幸せを味わえたのでしょうか。