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作品の展示と言う観点では、ちょっと消化不良的な感があるのは否めません。でも、今回は、モリスと言う人やその活動を、とても理解できたので、実り多い展覧会だと言えました。ただ、それならば、モリスの書籍を読んでもできることで・・・帰りのエレベーターで、知らない女性たちが「結局、本物を見てどうこうってものじゃないんだよね」と言っていたのに、納得。
展示のほとんどは、彼の代表的な作品であるテキスタイルのデザイン画と実際の生地で占められているのですが、生地の柄の一部が大きく描かれていたり、見覚えある柄の古い生地が掛けられているだけで「なんてすごいんだろう!」と感動する類のものではないのです。だからといって、モリスの作品がよくない、とうのではもちろんありません。彼の作品は、生活の中に取り入れてこそ、その価値を発揮するものだし、彼が目指したのは、そこにあるのですから。
むしろ、この展覧会で見るべきは、陶芸や金属細工のほうかもしれません。こちらは本当に素晴らしく、職人の技を感じました。1997年にも、モリスの回顧展が開かれて、当時関西在住だったわたしは、京都の美術館に足を運びました。そのときよりは、ずっと深くモリスを理解できたように思うので、進歩はあったかな、と感じます。展覧会は、見る側の受け入れ姿勢もとても大事だと、最近特に思います。
以前に『万国博覧会の美術』と言う展覧会のところでも触れたのだけど、19世紀、明治維新の頃には、工芸は美術とは認められておらず、美術(fine arts)とは、「絵画」「彫刻」「建築」のみであり、それ以外は認めない、と、きっちり線引きがされていたのでした。
そんな中、世紀末に起こった「アーツ&クラフツ運動」は、今までにはなかった新しい美の世界を提唱していきます。ちょうど、産業革命で、工業化が進み、何でも機械化が進むと、今までは、庶民には手に入らなかった新品の洋服なども、廉価で買うことができるようになります。それまでは、新しい服を仕立てると言うことは、非常に高価であり、限られた特権階級だけに許されたことでした。一般庶民は、古着を着るのが普通でしたので、新しい洋服に袖を通す事ができるのは、まるで夢のようではありました。
しかし、機械化されたとは言っても、当時の工業製品は質が悪く、粗悪品が、世間にはびこるようになりました。それに危機感を持ったのが、多くの工芸家たちでした。彼らは、このようなものばかりが世界中にあふれてしまったら、世の中はダメになってしまう、と感じます。もっと、美しく質のいいものを、廉価で庶民にも提供することはできないだろうか。そして、庶民の生活の質を向上して、生活自体を美しく、豊かにできないものか。これが、モリスの提唱した『アーツ&クラフト運動』の根底に流れる精神で、国を超えて、大きなアートの流れとなって行きます。
フランス語で『アール・ヌーヴォー(新しい芸術)』英語で『モダン・スタイル(近代的なスタイル)』ドイツ語で『ユーゲン・シュテイル(若いスタイル)』言葉は違えども、意味するところは同じ。今までになかった、まったく新しい芸術の世界。それは、伝統工芸の復興であり、『美しい世界』の実現を目指していました。
しかし結局、志は高かったものの、この活動は、成功したとは言えません。なぜなら、手の込んだ工芸品は、どうしても高価にならざるを得なく、モリスの工房の作品は、庶民には手の届かないものとなり、彼の顧客は結局は、富裕階級に限られるようになってしまったのです。社会主義活動家としても知られ、人々が等しく美しいものを共有する理想のユートピアを目指していたモリスは、最後までこのジレンマに苦しみます。
しかし、カタログ本文中にもあるように
アーツ・アンド・クラフツ運動と言うのは賞賛に値するものではあったけれども、根深い社会悪に対する現実的な解決手段にはならず、むしろ産業主義への抵抗の試みであったに過ぎない。とはいえ、アーツ・アンド・クラフツ運動は30年以上にわたり英国をはじめ各地で、伝統的な職人の手仕事による装飾芸術に最後の隆盛をもたらしましたし、また製作者の気高い理想が込められた素晴らしい芸術品という遺産を、今日の我々に残してくれた。その精神は気高く、現代にも受け継がれ続けています。
A・H・マクマードゥはその著書『アーツ・アンド・クラフツ運動の歴史』の中で、アーツ・アンド・クラフツ運動の作家たちの理想主義についてこう記している。彼らは「生活の糧を得る手段としてではなく、生きがいとして、それらの芸術を深く愛したのである」引用『ウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ』 「ウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ運動(ピーター・コーマック)」p.14
それがモリスの残した、大きな功績であると言えると思うのです。