レオナルド・ダ・ヴィンチ-----天才の実像

070607davinchi.jpg2007.06.07 Thursday
上野の国立博物館で17日まで開催されている「ダ・ヴィンチ展」に行ってきました。なんというか、ある意味すごく驚いた美術展でした。

というのも、この展覧会、

原画が、たった一点

しかなかったんです!!

070607davinchi2.jpgそれがこの「受胎告知」なわけですが、この絵だけ会場が別で、この絵をじっくり堪能したあと、別会場でダヴィンチの「天才」について「お勉強する」展覧会内容となっていました。

ちなみに、第2会場の解説によると、この絵は正面から見ると、つじつまが合わない部分が多く、また、主役のはずの聖母マリアより、天使のほうが目立って見えるのだけど、実はこの絵をダヴィンチは、最初から、右斜め下方向から観賞すると想定して描いているとすれば、すべてのつじつまが合うと解説していたり・・・

う〜〜む、天才の考える事は、よくわかりません!つか、これ先に見てから、第1会場に行ったほうがよかったんではないか??

070607davinchi3.jpg※クリックすると大きな画像が見られます。

考えてみれば国立博物館は「絵を観賞する」だけの展覧会ではなく、どこか「お勉強させてくれる」展覧会がお得意ではありますが、これは極端だろっと正直思いました。

ただ世間は「ダヴィンチ・コード」以来の「ダ・ヴィンチブーム」ですから、絵の観賞よりこっちのほうがおもしろい!と思う人のが多そう。一緒に行った友人(イラスト仲間)とは「ワタシたちは絵が見たいけどねぇ(苦笑)」と言い合っていましたが。

おもしろかったのは、一番上のあの有名な「ウィトルウィウス的人体」ですが、このCGにあるように「人の胸から上は、身長の1/4」だそうで、ほかにも
「腕は身長の1/4」=「人の胸から上は、身長の1/4」
「脚は身長の1/7」
「手は身長の1/10」=「顔は身長の1/10」
「耳は顔の1/3」
また「ヘソは体の真ん中」「この人体は正方形の中にもおさまる」という法則が成り立つのだそう。

「しかし『頭は身長の1/8』は欧米人だからだよね、我々はせいぜい1/6だよね。」
などと言いつつ、立ち去ったワタシたち・・・・

070607davinchi4.jpg
第2会場に唯一あった作品。
しかし「伝」というのがいかにも怪しい・・・

会場を出ると、日立の技術を集結したという複製画が80万〜200万という価格で売られていた。この会期だけの予約販売で、会期が済めば、データをすべて破棄してしまうのだと言う。大人気で予約殺到中と言う説明は眉唾ものだと思うけど、世の中にはお金持ちがいるんですよねぇ・・・

一緒に行った友人の
「そっか、この展覧会はこの技術の宣伝のために開かれたって事なのね」
という言葉に、なるほど、とフに落ちながら会場をあとにしたのでした。
    
    
              


070607lunch.jpgあなたにサラダ♪ 2007.06.12 Tuesday
近頃のランチはサラダだけ、という事が多い。

会社の社員食堂のサラダは¥250でボリュームがすごい。定食がどうにも多くて食べきれなくて
サラダとミニ丼の組み合わせに凝っていたけど、それすら食べきれなくなって、今はサラダのみ。
レタスの上に日によって違うトッピングが。サツマイモや大根やほうれん草やベーコンやおマメ。

これはダ・ヴィンチ展のときに友達と入ったスタバにて。
実はあんまりスタバには好んで入らないワタシなんですが(タリーズ・珈琲館・セガフレードベネッティ派!なのだ)これは、すごくいろいろ野菜が入ってて楽しかったのでした☆


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【ライブ】小松政夫×イッセー尾形 / びーめん生活スペシャル

070611_1735647.jpg070611_1735653.jpg普段お芝居とは無縁の生活を送っているワタクシですが、とある紳士よりお誘いを受けて行って参りました。6/7(木)ダ・ヴィンチ展のあと、友達と別れて行ったのでした。

会場は田園都市線・三軒茶屋駅のすぐ上の世田谷パブリックシアター。招待席での観賞。

このお芝居、台本がないのだそう。登場人物の設定と、大まかな筋だけを決めて、あとはふたりの気の向くまま。

毎日結末が違う、のだそう。
    
   
会場にはふたりと、両脇に吊られたたくさんの衣装。ひとつの芝居が終わるたびに公開で着替え(笑)イッセーさんは最初はボクサー役で登場しても違和感ないだけあって、引き締まった体・・・素敵です。

その衣装がハンガーからどんどんなくなって行くと、お芝居も終焉に・・・ちょっと寂しいひととき。



上演されたお芝居は、前出のボクサーとマネージャーの芝居の他にこの4つ。長年連れ添った夫婦がカジノで大金をつぎ込む「熱海だわよ」がおもしろかった。


しかし、連れの紳士は「小松さんの芝居はちょっと古くさいかもなぁ」とサカナをつつきながら率直な感想を述べられ・・・それには相づちを打つ事はさすがにできなかったけど、この芝居の面白さは、結末がわからない、ことにあるのだから、やはり二日は見ないと面白さを感じないのだ、ということ。


でも何種類かのウチ、5個を選んで上演するみたいなので、二日行ったものの、全部違う芝居だったーってことも、あるのかなぁ?それはそれでいいのか??


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社長と話す

昨日、社長から電話があった。
実は私、この夏で会社を辞め、めでたく結婚・・・・というわけではなく(笑)
会社を辞めるには辞めるのだけど、そのままフリーで働いて行こうなどと言う、無謀な事に挑戦しようとしているのだった。

まぁ単にフリーになるのではなく、いろいろ布石を敷いて、食いッパグレないようにとは考えているのだけど。 いろいろ声がけしてくださる方もいて、ありがたい限りなのだ。

社長の用件は、後任の人がまだ決まらないので、希望の6月末は無理そうなので、7月まで働いてもらえないか、というもの。とうぜん快諾した。たった一年で辞めてしまうのだから、できる限り譲歩できればと思う。

社長はスピリチュアルな人なのだが、
「陽菜さんには、次のステージが待っているのよね」
みたいなことを言ってくださった。

そういえば先日もある年長の男性に
「あなたはきっと苦労してきているんだと思う。 でもきっと、あなたは年を取ればとるほど、運勢が上がって行くと思うよ」
などと言っていただいた。(根拠のほどは不明だが)

こういう心細い時は、こんな言葉すら大きな後ろ盾に感じる。ホントにそうだといいな。今までだって、特に苦労したとか運が悪かった事はない(と思いたい)けど、これ以上良くなってくれれば、それはやっぱりうれしい。

終わりよければすべてよし。 だもんね。


              


「謙虚」でありたい 2007.06.01 Friday


NBonline(日経ビジネス オンライン)が毎朝4時頃送られて来ます。けっこうその時間に普通に起きていたりする私。
ちなみにその時間にフジテレビを付けていると、決まって「今お目覚めの方も、これからお休みの方も・・・」と言われて、この時間に目覚める生活にしたい!(いやちょっと早すぎだけど)と心で叫ぶ日々。

話を戻して、NBonlineに連載されているコラム「宋文洲の傍目八目」を軽く楽しみにしています。少し前の記事なんだけど(5/24)ちょっと考えさせられました。
「謙虚」を説く人の「不謙虚」
http://business.nikkeibp.co.jp/--

謙虚とは行動ではなく心のあり方、「心の習慣」であると。本当にそうです。
社会的な地位を得れば得るほど、謙虚であることは難しいです。実際に心から謙虚であるかどうかをはかるのは難しいですが、表面上だけ謙虚であるのさえ困難です。

「あの人は偉い人なのに腰が低くて控えめだ」などと言われる人は、相当な努力をされているのだな、と思います。たとえどんな立場にいる人でも、謙虚な姿勢を感じる人には、人は敬意を示すものだと思います。

ただ、謙虚が度を越すとて、卑屈になってしまいかねない。そのあたりも難しいのかもしれませんねー。 


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ロックな日のホトケイベント。

070608rock_hotoke.jpg
6/8(金)、ロックの日(6/9)の前日、ロックイブな飲み会で、こんなアホなイベントにお付き合いいただきました。
そしてちなみに翌6/10は、記念すべき第一回「ロック検定」の日でした。

実は今日はいろんなネタを仕込んでいて、ひよこも即席シナリオライターに転身して、張り切って台詞を考えたりしていたのでした。
それに関しては、諸事情あって(内輪ネタでもある為)とりあえずは非公開としますが、メインイベントの「塗り絵大会!」のご報告をさせていただこうかと思います。

※画像はすべてクリックすると大きくなります♪


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妥協したくないって、なんだ?

知人(40代男性)がお見合いをして、もう少しで決まりそうだと言う。
よかったですね。と話していたんだけど、どうにも引っ掛かる事が。

相手の女性(40代)が
「今まで一人で頑張って来たから、妥協はしたくないので慎重」
らしいと言うのだ。

メールでのやりとりで、詳しい話はわからないけど、 普通お見合いの相手に
「妥協したくない」
なんて言うだろうか。
そもそも、その言葉に違和感を感じる。 相手を気に入っていたら、そういう言葉は出て来ないんじゃないかと思ってしまう。

条件だけで見られているのかなぁ?と、一瞬思ってしまった。 それはお見合いなんだから仕方ないし、40代ともなれば、 価値観などが合うかどうか、しっかり見定めてからじゃないと、 好きなだけで、結婚に突っ走れないのは想像はつく。

でもちょっと寂しい感じがしちゃったのだ。
まぁこの程度でいいか、と妥協して手を打たれてるのが、 伝わるよりいいのかなぁ。

世の中の結婚のほとんどが、絶対この人!と思っての上ではなく、 妥協と言ってしまうと悲しいけど、現実に折り合いをつけた結果なのだろうな、とは思う。
それができないから、今まで一人だったわけで、 イマさら譲りたくないということなんだろうなぁ。

人のことでいろいろ考えてしまった。


彼には愛し愛されて幸せになってほしいものだ。 続きを読む>>


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