建築家・黒川紀章さん死去

071012the_national_art_cent.jpg世界的建築家であり、昨今は政治家へと立候補して派手なパフォーマンスで世間を賑わせた黒川紀章さんが亡くなられました。

名古屋市出身(正確には海部郡蟹江町)ということで、同郷の親近感を持たせていただいていました。また、大好きだった名古屋市美術館も彼の作品だったと今回改めて知りました。
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ワタシなんだかんだと10年以上建築業界にいました。自分が勤めていたり家族が勤めていたりと言った感じでしたので、業界にいたとは言っても、知ってる建築家と言えば、ガウディとライトと安藤忠雄さんと、この黒川さんのみなので、偉そうには言えませんが(笑)

それにしても、都知事選や参院選は、まさに命を削るように活動なさっておられたのですね。当選できなかったことが、今となると気の毒ですが、最後に好きなことができて、ご本人は満足されているのでは。

来月当たりに国立新美術館のフェルメール展にでも行って、のんびり彼のことに思いを馳せたいな、と思ったりしました。


建築家の黒川紀章さんが死去(日刊スポーツ - 10月12日 17:02)
世界的建築家黒川紀章さん急死(日刊スポーツ - 10月13日 09:54)
若尾文子「こんなに早く死ぬなんて」(日刊スポーツ - 10月13日 09:54)


          


おまけ「メッセージや画像、ひとひらの花びらに託し」

071012rose.jpgすごい、花に写真や文字を浮かび上がらせることができるなんて!どおゆう構造のプリンタになってるんでしょ。興味しんしんです。花が大好きなワタシなので、こういうイベントは心ひかれますが、業者さん以外は入れないんですね、残念。

そのうち一般的にお目見えできる技術になるまで待ちましょ♪

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071011ic02.htm
日本最大の花の商談会「第4回国際フラワーEXPO」が11日、千葉市美浜区の幕張メッセで開幕した。世界30か国750社が出展し、色とりどりの花々や花の関連商品がところ狭しと並んだ。

注目を集めたのは、バラやカーネーションなどの花びらに、文字や画像を直接印刷できる「フラワープリンター」。専用プリンターを使い、「ありがとう」といったメッセージや顔写真が鮮やかに浮かび上がった。
13日まで開かれるが、業界関係者が対象で一般には公開されていない。

(2007年10月11日12時12分 読売新聞)
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Yahoo!メールで1300万通消失 サーバプログラム不具合で

Yahoo!がやってしまったそうです。
転送設定していたメールが、転送されないまま削除されてしまったそうで、メールの復旧もできないのだとか。うわー。該当された方は、本当にお気の毒としか言いようがないです。

Yahoo!メールで1300万通消失 サーバプログラム不具合で
(ITmediaニュース - 10月11日 09:50)


          


たださ、サーバの管理って本当に大変なんだよね。
昨日も、このドメインの料金支払ってきたんだけど、年間3000円ちょっとなの。ドメインと2GBの容量のサーバスペースで。それで、何かあったら有料だからってめちゃくちゃ責められるわけで。割に合わない商売じゃないかと思ってしまうのです、個人的には。

だって、ローカルからアップするサイトならともかく、ブログみたいにCGIで動くようなものは、マメにバックアップ取ってなくちゃ(毎日取るような人もいないでしょ)何かあれば永遠に消え去ってしまうわけで。
今からバックアップ取ろうと思いました・・・・・

ワタシの使ってるとこ、安くて良心的でおススメです。ある程度自力での設定が必要なんで、中級者以上向きです。お世話になってるから、たまには宣伝しておこう。http://www.xrea.com/


ヤフーは10月10日、「Yahoo!メール」で、転送サービスを設定していたユーザーのメール計1300万件が消失したと発表した。影響を受けたユーザーの総ID数は16万5807。サーバプログラムの不具合が原因という。

消失したのは、9月5日から10月4日にかけて転送サービスを設定していたメールの一部。転送サービスは、Yahoo!アドレス宛てのメールを別アドレスに転送した後、サーバからメールを削除する仕組みだが、メールサーバのプログラムの不具合で、転送できないままメールが削除されてしまった。

メールは復旧できないという。同社は影響を受けたユーザーに対して、メールで謝罪し、再発防止に努めるとしている。
 


          


おまけ「携帯対応のBlogを目指してみる」

071011hiyoko240180.jpgひよこ日記をヤプログに切り替えたとき「これで携帯で見られるようになってうれしい」とおっしゃる方もいらしたんですが、自分自身が携帯からはほとんどアクセスしないんで、あまり気にして来なかったんですけど、ココへ来て、ちょっと真面目に携帯対応を考えてみることにしました。

携帯用URL http://sweets-roses.com/blog/mb.cgi(当時) 
→現在 http://hiyoko.tv/journal/mb.cgi


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ダルジェル兄弟

071010dalziel_brothers.jpgダルジェル兄弟 The Dalziel Brothes
ジョージ(1815-1902)、エドワード(1817-1905)ジョン(1822-69)、トーマス(1823-1906)のダルジェル4兄弟は、英国ヴィクトリア時代中期を代表する木工木版の彫版師である。

・それまでの鋼版ではなく、木工木版の版木に彫り込んで凹版をつくる(エングレーヴ)彼らの技術は、従来よりも手の込んだものだった。

・1855〜75年がピークで、その20年の間に、数多くの傑作絵本の版木をつくりあげた。
『ノンセンスの本』(エドワード・リア 1861年)
『不思議の国のアリス』(ジョン・テニエル 1865年)
ジョージマクドナルド作品のアーサー・ヒューズの絵
ジョージ・クルックシャンクの描いた妖精物語の絵 など

・1863〜65年にかけて、ダルジェル版『アラビアン・ナイト』をてがける。有名画家の挿絵200点以上を収めたもの。主な画家はテニエル、ジョージ・ピンウェル、アーサー・ホートン、ダルジェル兄弟のトマスやエドワードの絵も収められている。当初は分冊形式だったが、1865年に2巻本にまとめられてウォード・ロック者から出版された。

・彼らが後世に残した仕事は、19世紀の挿絵画家にとって、きわめて大きな意義を持つことになる。

・彫版以外の仕事
『天路歴程』(1865年)(ト−マスによる挿絵)
『ファン』や『ジュディ』『フッドのコミック・マニュアル』などの雑誌に寄稿(ジョージ)
『ダルジェル兄弟』(1901年)(ジョージ、エドワード著。自分たちの業績を残したもの)  

参考:<子どもの本>
黄金時代の挿絵画家たち(リチャード・ダルビー・著/ 吉田新一・宮坂希美江・訳 2006 西村書店)


          


おまけ「右脳派?左脳派?」

3秒でできる右脳派・左脳派チェックだそうです。情報元が不適切なサイトに変わっていたので削除しました(2008.10.4)

071011braintest4672.gif
ダンサーが時計回りに踊ってるように見えたら右脳派。反時計回りに踊ってるように見えたら左脳派。

ワタシはどう目をこらしても、時計回りにしか見えなかったです。ワタシにこれを教えてくださった頭脳明晰な左脳派風の方もそうだったそうで。でも作った人たちには反時計回りに見えるんだそうな。

みなさまはいかが?


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ジョン・テニエルと『アリス』を描いた画家たち

071009alice.png
ジョン・テニエル(John Tenniel)1820年2月28日 - 1914年2月25日
『不思議の国のアリス』の最初のさし絵を描いたことで、あまりにも有名な挿絵画家。ヴィクトリア時代を代表する風刺漫画家でもある。
『不思議の国のアリス』から、「アリスのお茶会」

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左/「Punch」掲載の風刺画(1862)
米国大統領リンカーンの顔をしたアライグマが、英国人に木の上に追い立てられている。この風刺画が、右の『不思議の国のアリス』の チェシャ猫をアリスが見上げる絵の原形になったと言われている。

■経歴
・1820年2月28日ロンドン生まれ
・英国美術院に入学するが、間もなく学校を退学、絵画はほぼ独学で身につけた。
・1836年、16歳で最初の油彩画をイギリス王立美術家協会の展覧会に出品。
・1840年、20歳のとき、フェンシングの教官だった父とフェンシングをして、右目を失明。
・1845年、25歳のとき、ウエストミンスター宮殿の壁面のデザインとして、16フィートもの風刺漫画を出品。その年に開催されたコンテストの公平性を揶揄した。これがきっかけで、イギリス貴族院の詩の広間のフレスコ画の依頼を引き受ける。
・1850年、30歳のとき、リチャード・ドイルが『パンチ』誌を辞すると、編集主幹マーク・レモンの招きに応じ、ジョン・リーチとともにその後任に収まる。
・テニエルの作風はリーチの作風とよく似ていた。リーチ亡き後は毎週、主要な政治風刺漫画をひとりでこなし、1901年に81歳で引退するまで、約50年の間『パンチ』誌や特集号などに2000点以上の風刺漫画やカットを描いた。
・1893年、73歳で英国首相グラッドストーンに推挙されて、ナイト爵に叙された。商業イラストレーターとしては初の栄誉。
・1914年、3日後に94歳の誕生日を迎える2月25日に世を去る。

■画家としての才能
・画家のチャールズ・キーン(1823-91 英国の有名な絵入り新聞『Illustrated London NEws』の専属挿絵画家としても活躍)と早くから親交を結び、風刺画に素晴らしい上達ぶりを見せる。
・抜群の観察眼の持ち主で、モデルを一切使わず、想像力や記憶力をもとに片方の目だけで驚異的な数の作品を描き上げた。

■風刺漫画家と挿絵画家を両立
・『ウンディーネ』『子どもの歌と絵の本』挿絵(1846年)
・『イソップ寓話集』(1848年 挿絵100点)
・『ララ・ルーク』(1861年 トマス・ムア 挿絵69点)
・『アラビアン・ナイト』(1863-65 ダルジェル兄弟)
・『不思議の国のアリス』(1866年 ルイス・キャロル)
・『鏡の国のアリス』(1872年 ルイス・キャロル)

■『不思議の国のアリス』のエピソード
・作者のルイス・キャロル(チャールズ・ドジスン)は最初、『アリス』の挿絵をウォルター・クレインに頼むつもりだった。しかしクレインの予定が立たず、テニエルに依頼することに。
・キャロルとの仲はよくなかった。理由として、キャロルの注文が多く、描き直しを迫られるたび、テニエルがそれを全面的に受け入れたため。
・普段はモデルを使わないテニエルに、キャロルは「アリスに似た子ども」をモデルに絵を描かせ、できあがった挿絵は酷評される。
・「蝋人形のよう」「大人子どものよう」と酷評されたアリスだが、多くの画家の描いたアリスの中で、今でも一番の人気を誇る。
・『不思議の国のアリス』(1865年)の初版本は、テニエルのクレームにより発売中止に。(現在この本は高値がついている)
・テニエルが許可して再発売されたのは、1865年11月(奥付は1866年)
・仲が良くなかったにもかかわらず、キャロルは続編『鏡の国のアリス』の挿絵もテニエルに依頼。ライオンやユニコーンを政治家に似せて軽く風刺を盛り込む。テニエルは白の騎士にそっくり。
・長生きをしたので、1907年『不思議の国のアリス』の著作権が切れた後、多くの挿絵画家の描いた『アリス』をたくさん目にすることができた。

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ディケンズ「憑かれた男」(1848)/「エドガー・アラン・ポー詩集」(1858)

参考:連想美術館
<子どもの本>黄金時代の挿絵画家たち(リチャード・ダルビー・著/吉田新一・宮坂希美江・訳 2006 西村書店)


          


071009lewis_carol.jpg『不思議の国のアリス』といえば、テニエル、もしくはディズニーのイメージがとても強いですが、実はものすごくたくさんの挿絵画家やイラストレーターが描いています。

上のイラストは、作者のルイス・キャロル自身が、アリス・リデルへのプレゼントに自分でイラストをつけて仕上げたもの。なかなか味わいあるイラストです。最初は『不思議の国(Wonderland)』ではなく『地下の国(Underground)』だったのです。

意外なところでは、『ムーミン』で有名なトーベ・ヤンソンも描いていたりして、驚きます。なるほど、アリスの中にムーミンが息づいています。

日本でもいろんな方が描いてらっしゃいますが、ちょっとアバンギャルドなイラストレーターを取り上げてみました。金子國義さんはパティスリー『クイーンアリス』のイメージイラストも手がけてらっしゃるので有名ですね。宇野亜喜良さんのは、他のイラストも見ましたが、アリスがほとんどヌード(!)で、すっごくエロティックなところが宇野さんらしくて素敵だったりします。

そんな作品が続きから見られます。

     
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9/16(日)〜9/29(土)イケメンとアリス。

071002ikemen.jpg9/20(木)二つのことを覚えていられないヒヨコアタマ
最近、同じ日に二つの予定が重なると、ひとつは忘れてしまう傾向にある。今日は、イラストの締め切り日。そしてお世話になってるバートックギャラリーイケメン展(※)のオープニングパーティー。

締め切りはちゃんと守った。ギリギリだったけどね。先週くらいまでは、早めにあげてパーティー行かなきゃって思ってたはずなのに・・・・すっかり忘れて仕事に没頭しちゃってた・・・

あああ。イケメンズ!!
(注※・ホントにイケメンのイラストレーターばっかり呼んで展示をしてるのです・・・あああ。あとは一年後かぁ)
しかし忘れてたものはどうしようもないね。あとは打ち上げ(25日)にかけよう!・・・ってDMの締め切り日じゃん。(イヤな予感)



          


071003dm.jpg9/25(火)覚えててもダメなもんはダメ
今日は11月にワタシも展示する「不思議の国のアリス展」のDMの締め切り日。そして、イケメン展(※)の最終日。

昨日貫徹して透明水彩で仕上げた絵がなかなかの出来だったので、このまま出そう!そして夕方からバートックに行って最後にイケメンに会うんだっ!と思っていた。

そう、今日はしっかり覚えていた。先日のパーティーは忘れていたのだけど。
最終日は17時までで、そのまま搬出し打ち上げ。だから、16時半までに行けばよい。ウチからは有楽町線で銀座一丁目まで一本で行けるので、15時半に家を出よう!と固く決めていたのに・・・・

アクリルで描きはじめた絵が、ことのほか気に入り「あ、こっち出してもいいかも」と思いはじめたのが13時過ぎ。しかし徹夜明けでうとうとしてしまい、起きたら15時。まだ絵は半分。

どうしよう。透明水彩の絵も悪くはない。このまま提出してメンズのもとへ駆けつけるか。それともねばって、アクリルを仕上げるか!!

迷う〜〜〜〜!!  続きを読む>>


          


071004liblary.jpg9/22(土)図書館日和
移転したてのピカピカな図書館に行く。前のレトロな感じも好きだったけど、やっぱ新しいのはいい。目的は絵本を見ることと、今度の展示のDMの参考用に、「不思議の国のアリス」の本を借りること。

全体的には混んでる土曜日の図書館だけど、児童書のコーナーは比較的すいていて、子供の声さえ気にならなければ、快適に楽しめた。

絵本はその場で楽しみ、アリス本を3冊借りる。雑誌のコーナーで「編集会議」と言う雑誌を手に取り、おもしろそうだったので、バックナンバーを2冊借りてきた。一冊はまだ先月のもの。

それから上の階に移り、さらにアリスの本を探そうと思うが、パソコンで検索すると、ほかの本は区内のほかの図書館にしかないようだ。前もって予約しておけばよかった。

芸術や工芸関係の戸棚には、ココロ引かれる本がいっぱいあって、アリスの工作の本と、昔の挿絵画家(アリスのテニエルやピーターラビットのポターなどが載ってる!)の豪華本や、ミッフィーのブルーナさんの本を借りた。

ミッフィーやキティちゃんは、あそこまでシンプルな顔(タッチ)で世界的に愛されるキャラとして描かれた「奇跡の作品」だと昨年パレットクラブのどの先生だったかがおっしゃっていたが、あの大御所・安西水丸先生が、唯一ブルーナ氏のことだけは
「ブルーナさん」
と敬意を込めて呼ばれるんだから、すごいなぁ、と思うのだ。

結局図書館に11時から15時までいて、お腹がすいてフラフラになり、近所のフレッシュネスバーガーで遅いお昼。シアワセな昼下がり。


          


071005morning.jpg9/24(月)ただ絵を描くワタシとプロの目で見るワタシ
相変わらずのDM制作。透明水彩の絵をチマチマ仕上げる。透明水彩はスゴく時間がかかる。塗り重ねても塗り重ねても、インパクトのある絵にはほど遠い。けれど、じんわりと温かみのある絵にはなってくれる。彩色だけで5時間ほどかけてA4サイズの絵を仕上げる。

ただ絵を描く自分としては、満足の行く絵になった。でも、プロとしてはどうなんだろうか、と思う。プロの絵は、上手ければいいというわけではないからなぁ。

ワタシは自己満足で絵を描いているわけではなく、自分の絵がダメなときには、ちゃんとダメだとわかる。ただ、どこをどうすればよくなるかがまだ今ひとつわからないだけで。それが今後一番の課題なのだな〜

自分でもいい絵だと思ったときににも、どこがいいとはなかなかわからない。そこをきちんと褒めてくれる編集さんなどは本当にスゴいと思う。(ダメ出しをしてくれるのもね(笑))彼らは絵のプロではなく、元は文章のプロなのだからなおさら。

とりあえず、満足なような不満なような中途半端な状況で、アクリル画に取りかかろうとするワタシなのだった。


          


071006momozono.jpg9/26(水)定例飲み会
体調は最悪だったけど、帽子で顔を隠すようにして飲み会に出かける。飲み会と言ってもけっこう真面目なビジネスの話が中心で、あまりヘラヘラしていられない場面もいっぱい。

でもねいいこともあるね。もしかしたら大きな飛躍になりそうな話もいただけそうで。思わず帽子から目を飛び出して聞き入るワタシ。
そうそう出かける前にもうれしいお話が一個舞い込んできたのだった。S氏の言う仕事が減ることはないよ、と言う言葉を信じよう。

しかし、昨日提出したDM用イラスト、二枚を並べて「どっちがいいですか?」と尋ねた結果に、ちょっと驚愕。5対3で水彩画が人気なのだ。意外とみんな優等生の絵を好む?それとも、癒しを求めているのか?

帰りはB社のKさんとW社のSさんと途中まで一緒に。お二人共眼鏡の似合うチャーミングな方達。ワタシがSさんに
「眼鏡はずすともっとかわいいんだろうな」
と言うと、すかさずKさんに
「陽菜ちゃん、だめだよ、眼鏡かけてる人に『はずしたら』って言っちゃ」
と叱られた。そういうものなんだ?

「ひよこ日記」の頃から言われていたのだけど、ワタシの日記に登場すると、特にビジネス的によいことがあるらしい。友達は三年越しの企画が通ったとか、某版元氏は報酬アップとか。そんなわけでお二人にもよいことがあるように、願いを込めて描いてみた。

描いてる私には、もっともっといいことがあるはず!!なんてね、邪心は禁物。


          


071007party.jpg9/16(日)ミーハーゴコロ炸裂
お友達に誘われて、とあるパーティーに潜入。すごい世界的に活躍アーティストの方とか京都の老舗の若旦那とか、ギターを作ってる職人さんとか、いろんな人に会う。
みなさん気さくな方で、こんなひよこともお話ししてくださり、シアワセ気分。

帰りは銀座でおいしいキーマカレーを食べておしゃべり。ミーハーゴコロ・女子ゴコロ満喫の一日。呼んでくれたKちゃん、ありがとうっっ!!


※世界的アーティストの方は、メールを出したら、丁寧に返信をくださって、サイトやこのブログも見てくださった模様。感激っっっ!!


          


071008houchi.jpg9/29(土)ほうっておいてよいのですよ
先日
「ひよこさんは騙されやすそうだ」
と言われて、プチショックを受けたわけだけど、
「なんか放っておけないんだよなぁ」
とも言われた。
「騙されやすそうなのはマズいが、放っておけない印象を与えるのは、プラスポイントなので、そのままでいい」
のだそうだ。そうかそうか、とちょっと気分が上向きになるひよこ。

でも今日、その助言をしてくれた方とは別の人の言動から、(男の人に)放っておけないと思われるのは、果たして本当に(恋愛において)プラスポイントなんだろうか?と疑問になった。

「弱そう(もしくはちょっとかわいそう)な女の人の力になりたい」という思い込みから暴走する男の人って多すぎないか?もう放っておいて欲しい!と切実に思った。詳細はないしょ。
    

※この絵日記は10/2(火)〜10/8(月)の7日間にかけて書いたものを、書いた順に載せています。


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リチャード・ドイル

071008doyle1.jpgリチャード・ドイル(Richard Doyle)(1824-1883)
ヴィクトリア時代におとぎ話の挿絵で一世を風靡し、ジョージ・クルックシャンクのあとを引き継いだ画家。
『妖精の国で』より

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ディケンズ『鐘の音』より

◇家族構成など
・イングランドのロンドン生まれ。愛称ディッキー。
・父はリトグラファーで肖像画家でもあったジョン・ドイル。(次男)
・父から独自の英才教育を受けて、正規の美術教育は受けずに育つ。屋外でのスケッチをさせず記憶だけを頼りにして絵を描かせるという独特な教育方法をとり、これが彼の幻想性を養うこととなった。
・甥は作家のアーサー・コナン・ドイル(「シャーロック・ホームズ」の作者)
・風刺画家としてデビュー(1843年・19才)。ジョン・リーチと並ぶ人気風刺画家として1850年まで活躍。

◇挿絵画家として名声を確立
・挿絵の最初の仕事は、ジョン・リーチやW・C・スタンフィールドとの共同で、ディケンズの『鐘の音』(1844)『炉端のこおろぎ』(1845)『人生の戦い』(1846)という3冊のクリスマス向け絵本の挿絵。
・グリム童話集『妖精の指輪』(1846)でおとぎ話の挿絵画家としての名声を確立。W・M・サッカレー(1811-63 英国の小説家)などが、ドイルの絵はクルックシャンクに匹敵すると太鼓判を押す。
・アンソニー・R・モンタルバ編『世界おとぎ話』(1849)このうちの何編かは独立して単行本にも。
・マーク・レモン『魔法の人形』(1849)『ジャックと巨人の物語』(1850)
・トマス・ヒューズ『白馬の疾走』(1858)古代の生活をパロディ。
・『新しく語られた昔話』(1865)のJ・R・プランシェ『眠れる森の美女』

◇卓越したデザインセンス
・彼の手がけた風刺雑誌『パンチ』のデザインは、半世紀以上に渡って使用される。
・おとぎの世界に深く傾倒し、妖精や不思議は小動物の絵やカットをたくさん描き、全ページに渡って凝った頭文字や縁飾りを施している
・『子どもカレンダーと花の十二宮』にも素晴らしいデザインが見られる。

◇妖精画家
・1950年以降は挿絵の仕事に専念し、愛らしい妖精たちを描き続けた。
・「妖精の国で(1869・奥付は1970)」は、彼の最高傑作と言われている。ウィリアム・アリンガムの詩を添えた多色木版の贅を尽くした大判の緑色のクロス装の大変美しい本で、古書収集家に今なお人気が高い。
・『妖精の国で』のドイルの挿絵に触発され、アンドルー・ラングは『名のない姫---妖精の国の物語』(1884)を書き上げ、『妖精の国で』の挿絵が使用されている。
・弟はアマチュア画家、チャールズ・アルタモント・ドイル(1832-93)として妖精画を残し、その息子のコナン・ドイルも晩年、妖精の撮影に没頭するなど、ドイル家は妖精との関わりが深い

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ドイルの風刺画。クリックすると大きくなります。

参考:連想美術館
<子どもの本>黄金時代の挿絵画家たち(リチャード・ダルビー・著/ 吉田新一・宮坂希美江・訳 2006 西村書店)


          


おまけ

「住所パワー」 住所を独自の指数で点数づけ http://www.ichiten.com/

不動産情報の宣伝関連なワケですが、 近所にある、生活に必要な施設、いらない施設との、数と距離で点数を計算してるようです。

ワタシはと言うと・・・
    
昔住んでた名古屋市西区の家は・・・・・・2004p Bクラス (これが基本?思ったより高かったかも)
めちゃ田舎だった守山区の社宅は・・・・・1560p Cクラス (ああ、やっぱり・・・・)
お気に入りだった奈良のマンションは・・・2004p Bクラス (実家とまったく同じ!!)
JRから徒歩15分の市川の社宅は・・・・・2442p Bクラス (奈良より便利だったのかぁ)
私鉄から徒歩15分の船橋の家は・・・・・1559p  Cクラス (守山以下ですか!!がっかりだよっ!)
現住所(23区内)・・・・・・・・・・・・2552p Bクラス (一応今まででは最高値。気分的にはもっと上)

ド田舎もないが、Aクラスもない(笑)今の住所は、たぶん便利だけど、いらないものもいっぱいあるんだろうなぁ。

ワタシがこれを見た日記のおネーサンは、ずっと阿佐ヶ谷に住んでて、(阿佐ヶ谷の中で引っ越しを繰り返している)阿佐ヶ谷はかなりの高確立で、Aクラスだったりする模様。阿佐ヶ谷とか高円寺とか荻窪とか、中央線・丸ノ内線の西のほうは住みやすくて住所パワーが高そう。


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ジョージ・クルックシャンク

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ジョージ・クルックシャンク (George Cruikshank)(1792年9月27日 - 1878年2月1日)
19世紀の挿絵はクルックシャンクとともにはじまるといわれるヴィクトリアン時代を代表する挿絵画家。
ディケンズ「オリヴァー・トゥイスト」より


◇家族構成など
・父はスコットランドの著名な風刺画家アイザック・クルックシャンク
・イギリス、ロンドン生まれ。
・兄のアイザック・ロバートも画家。
・1810年代には政治家などの権力者や世相を扱った風刺画で、ジェームズ・ギルレイ、トーマス・ローランドソンに代わるスター画家に。

◇風刺版画の人気が衰えた1820年代からは挿絵の分野に移る。
・フィールディングやデフォーの小説の挿絵を手がける
・現代のホガースとも称される人気。

◇グリム兄弟の『ドイツ民話集』(全2巻 1823-26)英語版の挿絵を手がける。
・イギリスで子供向け挿絵本が黄金時代を迎えたのは、この民話集の英語版が 出版された時と言われている。
・ストーリーに忠実で、ゴシック風で軽やかな挿絵は物語の精神性とマッチし、22点の挿絵は大好評となった。
・19世紀の美術・建築評論家・ジョン・ラスキン(1819-1900 英)の言葉「レンブラント亡き後、描写の秀逸さにおいてクルックシャンクに並ぶ者はいない。その素描の何点かはレンブラントを越えると言ってもいい」
・グリム兄弟も彼の絵を高く評価し、再話した民話の後々の版への使用を切望。

◇当時駆け出しだったチャールズ・ディケンズ作品の挿絵を手がける
・『ボズのスケッチ集』(1836年)『オリバー・ツイスト』(1838年)。
・ディッケンズの死後の1871年、『オリバー・ツイスト』のおおまかな筋書きや登場人物は自分が発案したと『タイム』誌で発言し物議を醸した。

◇『酒びん』(1847年)で思いがけぬ大成功
・当時の禁酒ブームから着想を得た8枚つづりの連作版画集。
・一杯の酒が良識的な一家庭を破滅に追いやる飲酒の冷酷無情な経過を描く。
・クルックシャンク自身も、何年も酒に溺れる日々を送ってきていたが、この頃には心を入れ替えて熱心な禁酒主義者になり、飲酒の害を説いて回って知人を閉口させた
・安価で売られたこともあって爆発的な人気を博し、この作品を翻案した小説や芝居なども作られた。
・続編の版画集『酒飲みの子供たち』(1848年)を製作
 
◇物議を醸し出した『ジョージ・クルックシャンクの昔話文庫』
・『おやゆび姫』(1853)『ジャックと豆の木』(1854)『シンデレラとガラスの靴』(1854)『長靴をはいた猫』(1864)の名作4話の挿絵を手がけ、禁酒への教訓を説くような文章へと書きかえる。
・チャールズ・ディッケンズをはじめ批評家や以前の仕事仲間は有名なおとぎ話を勝手に改ざんしたと批判。
・その後30年以上も読みつがれ、1885年には4冊合本の特捜版としてよみがえった。

◇禁酒のテーマを扱った4メートルにおよぶ大作『バッカス崇拝』(1860)を製作。(現在ロンドンのテイト・ギャラリーに収蔵)

参考:連想美術館
<子どもの本>黄金時代の挿絵画家たち(リチャード・ダルビー・著/吉田新一・宮坂希美江・訳 2006 西村書店)


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ケータイ派?PC派?

あなたはどっちですか?

ネットもPCからより、もっぱらケータイから、と言う人が多いそうですね。ブログも携帯に対応していないと、見てもらいにくくなっているようです。

ネットが始まった頃すでにPCを使いこなせていた世代ではなく、物心ついてPCよりケータイを先に持つようになった世代に取っては、PCでネットを見るのは敷居の高いことで、ケータイでネットするのはごくごく自然なこと。

そんな人たちに取っては、PCユーザーにとっての常識的なことが、まだまだ新鮮な感動を持って迎えられているそうです。その辺りの層を狙った事業だけでも十分戦略として通用するのだとか。

PCでサクサクメールを打つのになれてしまっているワタシにはケータイのメールほど煩わしいものはないのですが。大抵家でPCの前で仕事しているので、カバンの中に放置されているケータイより、PCヘのメールのほうがレスポンスが早かったりもします。

PCを主に使う人と、ケータイを主に使う人には、生活や行動にそれぞれの特徴があるのだとか。
“ケータイ派は感情優先、PC派は理性優先”?──ツールで異なる生活や行動
+D Mobile - 10月05日 17:50
     

          


おまけ「サンシャインでデートしましょう」

071007maison1.jpg071007maison2.jpgここ1〜2年、サンシャインで人と会うことが多い。そのたびにこのお店に連れていくのだけど、連れてった人はみんな気に入ってくれる安心なお店。

この日のスペシャルランチプレートはチキンカレー温玉のせ。カレーが甘いんだけどおいしいのっ。タマゴをからめるとさらにマイルドでうまいんだこれがっ。この店で食べたメニューの中で一番の美味でございました。

この日はケーキは我慢しちゃったけど、ハロウィンバージョンのケーキに萌え萌えになってたワタシ。どなたか今度、ワタシと一緒にこの店に行きませんか?

たった1回しかやってないガチャガチャで出た金色のラッキーキューピー。7月に携帯につけたばっかなのに、ボロボロだと言われ、せめてまだ顔が残ってるうちに記念撮影。もっともっといいことありますように!


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【ライブ】Oggi 15th anniversary ×MUSIC ON TV! "THE BASIC'S" Special Live

071003live1.jpg10/3(水)、招待されてライブに行ってきました!

女性誌OggiとMUSIC ON TV!主催のSpecial Live。いやあもう最高でした!

「誰もが聴いた事があるメロディ、名曲の数々。そんなスタンダードナンバーのカヴァーを基本にした音楽イベント。それが「THE BASIC'S」。

というわけで、今回のテーマはこれ。

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登場する5人の歌姫はこちら。
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ナビゲーターのaiと伊藤由奈、juju、ゲストのBONNIE PINK、スペシャルゲストの一青窈。

5人の歌姫たちの選んだ映画のテーマ曲はこちら。(クリックすると大きくなるよ)
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さて、誰がどの曲を選んだのでしょうか?


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アンドリュー・ワイエス展

071002andrew_wyeth1.jpg青山ユニマット美術館で開催中のアンドリュー・ワイエス展に行ってきました。ワイエスと言えば、ワタシは1995年冬に、まだ出来立てピカピカだった愛知県美術館で友人と一緒に見て、すっかり彼の絵画の虜になったのでした。

彼は20歳のときにニューヨークで行われた初めての個展で、翌日には全部の絵に売却済の赤札がついたと言う逸話の持ち主ですが、生まれてからずっと住んでいるアメリカ東部の田舎町をほとんど出たことがなく、その田舎町の絵だけをただひたすらずっと描き続けています。

彼の絵はアメリカの田舎町を描いているにもかかわらず、世界中の人々が、彼の絵に郷愁を感じ、その静かな作風に心を揺さぶられます。人々の持つ故郷への想いの根底には、ある共通した認識があるのかもしれません。

そして彼の絵はそのココロの琴線に触れるものを持っているのでしょう。それはなんなのか、説明する明確な言葉をワタシは持ちません。ただ彼の絵を見ると、ココロが震えるのです。大好きな人と心が通じ合った時にも似た胸の震え。

ワイエス展、会期が延びました。ワタシは偶然10/2、もともとの最終日に行きましたが、10/14まで開催されています。ぜひ脚を運んで、その静寂でありながら奥深く雄弁な世界に身を浸してきてください。

    
今回で、ワタシはワイエスについて初めて知った(イヤ知っていたはずなんですけれど、初めて「認識した」と言えるかもしれません)ことがありました。

071002andrew_wyeth2.jpg071002andrew_wyeth3.jpgそれは、大きな勘違いだったとも言えるんですが、ワタシはずっと彼の絵は「水彩」だと思っていたんですね。でも実は彼は21歳の時から「画家のほとんどが敬遠すると言われている」テンペラ画に挑戦して描き続けているんです。そしてワタシの好きな彼の絵のほとんどが、テンペラによるものでした。

たとえば↑これ。テンペラというのは中世、まだ油彩が発達する前に、主に描かれていた技法です。イメージするのはルネッサンス以前の宗教画。聖母マリアや司祭のアタマの周りに金色の輪があるようなあれがワタシの中のテンペラのイメージ。

それからすると、ワイエスのテンペラ画は題材が違うせいか、スッキリと簡素な印象です。水彩よりくっきりと陰影を強く、油彩ほど重厚になりすぎず、テンペラはワイエスには最適な画材なのかも知れません。
1995年には「テンペラ」と聞いてもピンと来なかったんですね。それでワイエス=水彩画と思い込んでいたのでしょう。

ちなみにワイエスの水彩は←こんな感じ。こちらも卓越した技術と見るものの心をわしづかみにするところは、テンペラ画に引けを取りません。

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