絹の道 美とロマン展

8/22(日・最終日)、日本橋三越に行ったら、たまたま行われていた展覧会。日本画家の平山郁夫氏は、シルクロードに魅せられ、婦人を伴って、幾度となくシルクロード各地を訪れ、各地の民族の貴重な文物、遺物を収集してきました。そうしたものを展示するために「平山郁夫 シルクロード美術館」が生まれ、夫人が館長を務められています。
この展覧会では、おふたりの収集した布や、陶磁器類、コイン、香水瓶、古代ガラスの首飾りなどとともに、現地で平山氏がスケッチした本画、素描画が展示されていました。素描画は、ラフながら、素敵でした。古代ガラスの首飾りは、今つけてもいいのでは?と思えるほど、素敵なものも多かったです。天然石のオニキスなどがよく使われていたりして、ビーズの好きな方には興味深いかも。
これらは、
「平山郁夫 シルクロード博物館」で見る事ができるようです。
幻のロシア絵本 1920-30年代

庭園美術館で8/20(金)に開かれていた展覧会です。1920年代、ロシア革命後の希望に満ちたロシア(当時はソヴィエト)の子供たちのために描かれた、素敵な絵本展でした。実は、それほど期待していなかったのですが、行って見て、本当に感動しました。子供向けの絵本とは言え、どれもみな、素晴らしいアート作品です。革命後の理想に燃えた画家や文学者が、未来への希望を託す子供たちのために、力を注いで、この絵本たちを作り上げたというのも、納得です。
本展覧会では、同じウラジーミルという名を持つ二人の画家、レーベジェフと、コナシェーヴィチを中心に、大きくスポットを当てて紹介しています。もうこの二人の作品は本当に素晴らしいです。同じ物語を絵本にしたものが並べられていましたが、個性は違えども、甲乙つけがたい、それぞれのよさがあるのです。また、それ以前のビリービンの絵本も素敵ですし、ほかの画家の作品も、詩人のチェコフスキーやマルシャークの言葉もよくて、うっとりと時間を忘れて見入っていました。
残念なのは、最初の革命の理想とは離れた方向にソヴィエトが進んで行くに従って、絵本の内容も、かつての伸びやかなモノではなく、軍国主義的なモノへと変わっていき、画家たちの絵も、かつての生き生きとした個性を失ってしまった事です。ソヴィエトの未来に悲観した、もうひとりのウラジーミル、詩人のマヤコフスキーは、『海と灯台についてのわたしの本』を出した後、1930年、ピストル自殺を遂げます。
最後に、「エピローグ・そして誰もいなくなった」を添える事で、わたしたちにも、かつて日本にもそうした、表現への規制や弾圧の時代があったことを思い出させてくれます。
ところで、子供向けの絵本というのは、その使用目的からボロボロになって、使い捨てられる事が多いのですが、今回これほど多くの絵本を、一度に見る事ができたのは、ロシア絵本に魅せられた日本人画家・吉原治良の蔵書の中にあったからなのです。『スイゾクカン』という絵本を出すために、ロシアの絵本を参考にしたということですが、この膨大(87冊)な絵本を、彼がどのような意図で手元においていたのかは、不明瞭な点が多いそうですが、同時代のほかの画家も、ロシア絵本を集めていたことから、当時の海外の動向に敏感なアーティストたちの中で、ロシア絵本に対する関心が高かった事をうかがわせます。
庭園美術館のバラ。美術館へのアプローチに現れる不思議なオブジェ。限られた空間が、その奥へと心をいざなう。


ひさしぶりに、FINDING NECOに参加。最近、暑さと重さで、あまりカメラを持ち歩かなくなっちゃったので、この日に撮った写真は、ひさびさでした。このにゃんこは、庭園美術館のカフェの前にいました。ここはアタシの場所よ?という感じの堂々とした雰囲気を漂わせていました。どうも、わたしが見かけるネコは、どの子もしあわせそうで・・・どのネコも、のんびりのほほん、と緑の中で暮らしているように見えました。(餌もええもんもらえるんかな?)(Panasonic LUMIX FZ10)


フランス印象派展/ペルシャ陶器展


港区白金台にある「松岡美術館」に、行きました。実業家・故松岡清次郎氏の個人的なコレクションを展示する小さな美術館で、隠れ家的な場所も建物もよく、ひっそりと何度も訪ねたくなる、魅力的な美術館です。もともと、中国陶磁・古代エジプト・ローマなどのコレクションが充実していたようで、さらに、ガンダーラ・インド彫刻、晩年はフランス印象派の絵画まで手を広げて集められたそうです。
5つの展示室があり「古代オリエント美術」「現代彫刻」「ガンダーラ・インド彫刻」「東洋陶磁」「日本画」「フランス近代絵画」となっています。今回は、コレクションの中から、特にフランス印象派の絵画と、ペルシア陶器にスポットを当てて紹介していたようです。日本画とフランス近代絵画の展示室が、印象派展の会場に、東洋陶磁の展示室が、ペルシア陶器の会場になっていました。
ペルシア陶器はかわいらしく、見ていて楽しめましたし、印象派展も、普段はあまり目にしない画家の作品なども見られて、おもしろかったですが、わたしがなにより、心惹かれたのは、ガンダーラ・インド彫刻です。
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まず、わたしがうきゃ〜〜♪と思ったのは、インドの仏像って、ハンサムなの♪(いやん、不謹慎ですか・・・でも周りでもみんな言ってたし)
考えてみたら、わたしたちが見てるような、広隆寺の弥勒菩薩のような顔立ちって、中国人や日本人みたいな、東アジア系のモンゴロイドの顔よね〜。インド人って、みんな彫りが深くて、お目目パッチリなはず〜。なので、そのあたりの出身のお釈迦様も、当然こういうお顔だったはず!
そしてそして、ヒンドゥー教の彫刻は、官能的で躍動的で、素敵なの♪
これは多分、両方とも、破壊の神シヴァ神とその奥さんなんだけど、何とも言えずエロティックで、インドのミュージカルを思わせる、明るい開放感に満ち溢れていませんか?
会場説明より
インド亜大陸に進入したアーリア人のヴェーダ以来のバラモン教と土着民の信仰とか時代とともに融合して、ヒンドゥー教が成立した。宇宙の創造を司るブラフマー、破壊を司るシヴァ、維持を司るヴィシュヌを三大神と位置付けているが、とりわけ後二神が民衆の尊崇を集めている。仏教彫刻が、一般に動きの少ない落ち着いた形姿を示すのに対し、ヒンドゥー教彫刻は、動きと生気に溢れ、官能性に富み、複雑なまでに細部表現にこだわり、エネルギッシュな造形を見せるところに特徴がある。
ぐるぐるめぐるル・コルビュジェの美術館 Fun with Collection 2004

上野の国立西洋美術館は、松方コレクションを展示するために作られたということですが、サブタイトルに「美術館には何を見に行きますか?」とつけられた今回のこの展覧会は、常設展示を、絵ではなく、建物を見に行く、という趣旨で展示を試みた、画期的な展覧会です。
ル・コルビュジェは、この西洋美術館を設計した建築家の名前。彼は、人の体から建築を考えました。美術館も、体を使った万能物差し「モデュロール」で、みんなの体に、ぴったりに作られているのです。堅苦しいありがちな美術館の概念を破った、遊び心いっぱいの仕掛けが、この美術館の随所に見られます。たとえば、寝椅子に横たわって、1階の吹き抜けのトップライトを眺めてみる。そしてまわりの彫刻を見てみると、なるほど、今までとは少し違った目で作品を見られるような気がしてきます。
もちろん、普段の常設展示はそのままに、楽しむ事ができます。そして、西洋美術館の常設展は、実に質・量ともに非常に充実しています。え?まだ部屋があるの?と最後には言いたくなるくらい、本当にたくさんの展示室があって、松方コレクションの膨大さを窺い知る事ができます。そして、近年になっても、どんどんコレクションは増えていっています。中世のテンペラ画に興味があるので、その作品がいくつか見られたのも、わたしは、とってもうれしかったのです。
バラの歴史 〜磁器を舞台に・1997〜2004〜



一番左は、今年のバラ。一つ前に、最近描いたバラの小物たちをUPしましたが、今回のバラは、割と自分では満足の行く出来映えでした。精魂込めて描いたバラは、その時点でのベストなので、人から見れば、拙くても、自分にとっては、いとしい作品たちなのです。
今までに描いたバラの絵を、振り返ってみたいと思います。チャイナを始めた1996年のバラの作品は、残念ながら、我が家には残っていなかったのですが、1997年から、ご紹介して行きますね。
真ん中は、1997年。全体的に拙いですが、花芯が、この頃にしては改心のできばえなんです。
右は、1998年。一色描き。花はまぁまぁですが、全体的に線が固いです。



1999年。真珠の首飾りと言うモチーフ。1996年にも描いたはずなんですが・・・
2000年。展示会のための作品なので、頑張りました。
2001年。「失敗は成功の・・・」のソーサーの真中に描かれたバラ。小さいバラですが、筆がずいぶん慣れて来たかも。



2002年。他はそのときのベストと言えそうなんだけど、これだけは、納得していない作品。
2003年。小さなバラですが、結構繊細に描けたかも。
これ、ハート型の脚付き小物入れなんです。こんな風にアクセサリーを入れています。
バラ・ばら・薔薇

もうじき、展示会が近づいているので、このところ、かなり真面目にチャイナを描いています。「金魚お茶碗」のようなのも、息抜きに描いてみたりはするけれど、普段はもっぱら、こういったバラを描くことが多いのです。とはいえ、これも展示会用ではなく、普段お世話になってる方へプレゼントするために、作ってみました。
こんなあっさりした作品でも、なんだかんだと、数ヶ月の時間を要するのですが、これは全部、お嫁入り先が決まってます。左の写真立てと、下の小さなペントレイは、すでに差し上げてしまいました。先日、植物画の初個展をなさった方へのお祝いに。喜んでもらえたようなので、よかったです(^^)
金魚お茶碗@夏っちゃんぶろぐ と TB People


さて、夏っちゃんも、残り1週間を切りましたねぇ。思ったほど、エントリーできませんでしたが、絶対に載せようと思っていたものが、何とか滑り込みセーフで間に合いました。一応、わたしの手書きの食器なんです。
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今年は、金魚モチーフが流行なのか、あちこちで見かけて、かなりツボにはまっていたわたし。そういえば、白いお茶碗が家にあったっけ?と、早速、金魚ちゃんを描いてみました。普段は、バラとかフルーツなんかを描いてるんですが、こういう身近なモチーフも、楽しいものです(^^)
桜BLOGのときにも、桜のを描きかけてたんだけど、完成しないうちに、終わっちゃったのでした・・・たはは。来年までには、完成させよう・・・。
元になったモチーフは、実家にあったタオルだったのでした。右は、とりあえず描いてみた、水彩のスケッチ。
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『避暑地の猫』 宮本 輝・著
ネットの友人・ともちんのお奨めで、宮本輝さんをポツポツ読んでるんですが、図書館で、ふと目に留まったのがこの本。
あらすじより(講談社文庫)
清澄な軽井沢の一隅に、背徳の地下室はあった。そこでは、全ての聖なる秩序は爛れ去り、人間の魂の根底に潜む、不気味な美しさを湛えた悪魔が、甘い囁きを交わすのだ。尊敬する父も、美しい母も、愛する姉も、そして主人公の少年も、そこでは妖しい光を放つ猫となる。だが、この作品での猫とは何か?
これを読んで、何となく、話の内容は想像がついたんだけど、でも、それ以上に、巧みな心理描写に、引きこまれて読んじゃいました。感想には、あらすじは書いていませんが、これから新鮮な気持ちで読みたい方は、読まないほうがいいかも?
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物語は、平和な家庭の一風景から始まる。裕福な医者一家は、せっかくの休日の軽井沢行きを、雨のせいで、あきらめようとするのだが、そこへ、急患の知らせが入る。しぶしぶ職場に向かう医師が、急患の手術を終えた後、少し前からの入院患者である、無口な青年からの、告白として、この物語は語られる。
悲しく、残酷な物語だった。最初のうち、悪として描かれていた者が、本当はそうではなく、生贄の子羊のごとく、弱弱しい者として描かれていた者が、実は悪魔の化身だったと、誰に想像できるだろう?そして、もっとも弱き者である父親の、唯一の最後の望みだった、主人公の「僕」の中にも、流れる悪魔の血は、父を絶望させ、虚無の中、破滅へと向かわせる・・・・
美しい母の言葉は、どこまでが本音だったのだろう。少年を、犯行へと向かわせた「薄汚い男」というのは、愛人への気遣いから出た言葉ではなかったのだろうか。その「薄汚い男」との間に子供ができていたことを、母は気づいていたのだろうか・・・・
途中、迷い猫を探すブルジョワ夫婦と、その迷い猫に付きまとわれる不思議な青年が登場する。そこだけが、ちょっと常軌を逸した場面なのだが、しっくりと、効果的に「猫」というものを暗示するのに、一役買っている。
そして、少年の淡い恋と、相手の少女のどこまでも清らかな様子が、この背徳の物語の中での、一服の清涼剤となっている。彼女を汚さなかった事が、自分にとっての救いであるという事、それは、自らの手を血で染めずには生きる事を許されなかった、あまりに悲しい宿命を背負った主人公の、最後のよりどころなのだ。それを思うと、あまりにも悲しい。
上野動物園の小動物


動物園のパンフレット。デザインがかなりかわいい♪
先日、上野動物園に行きました。目的は他にあったのですが、思いがけず、ずーっと会いたかった方にお会いできました。それが、この方、カピバラさん、なんです・・・もう閉演間近・・・いないかも??と、檻の中をキョロキョロするわたし。いた〜〜〜!!カピバラさんです!ああ、この独特のフォルム、流し目のようなお目目。夢にまで見た(大げさ)カピバラさんだぁ〜〜〜〜!!むきゅ〜〜〜ん!!しかも、親子だぁ。親子でおんなじ顔におんなじポーズ!!かわいいっ!かわいすぎる〜〜〜!!
しばらくカピバラ親子に釘付けのわたしなのでありました・・・・
でも実は、本当の目的は、小さい動物たちにありました・・・餌を無心に食べるプレーリードッグ・・・かわいい〜〜〜♪いかにも「美人さん」なミーアキャット。本当は、これが目的だったマヌルネコ。でもね、オヤスミ中でした( ┰_┰) シクシク この写真は、飾ってあった写真を撮ってきたもの・・・こんなにかわゆいのねん。


旧東京音楽学校奏楽堂



上野公園を芸大美術館へと抜ける途中にひっそりとたたずむのが、この奏楽堂。
東京芸大音楽部の前身、東京音楽学校の校舎施設として、明治23年の創建以来、日本における音楽教育の中心的な役割を担って来ましたが、老朽化が進み、昭和56年に使用が中止されました。そのままでは、取り壊されてしまうと言うので、『奏楽堂を救う会』が結成されます。昭和57年、都知事より条件付(国指定文化財・一般公開等)で、上野公園移築保存が許可され、昭和58年に台東区が芸大から建物を譲り受け、現在の場所に移築されました。
なんと昭和47年には、愛知県の
博物館明治村に建物を移築すると言う同意書を、明治村との間に取り交わしてるんですね。明治村のある元・愛知県人としては、残念ですが、この建物はやはり、この地にあるのがふさわしいと思います。内部は、当時のままの雰囲気でうまく保存されていて、歴代の音楽学校の卒業生の写真や業績、また、移築当時のさまざまな資料などが展示されています。
建物の防音効果を高めるために、おがくずや、わらを入れてたというのは、初耳だったので、本当に効果があるんだぁ?とおもしろかったです。わらはともかく、おがくずは、工事中にいくらでも出るでしょうから、いいリサイクル活用だったわけですね。
現在もコンサートなどで、奏楽堂は現役で使用されています。基本的に公開日は日・火・木曜日。ホールの使用がないときのみ、他の曜日にも公開されています。
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